えみゆきのブログ

えみゆきのブログ

涼風真世さんのファンです。
パロディ小説を書いています

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「手遅れって…何?」

「エドガー、お前も気付いていたろう。あんなに仲良しだった村の子供たちが、いじめるようになったことを。」

「…うん。僕のことを、変な奴と、はやし立てた。」

「それは、普通のいじめではなかったのだ。お前が異質なものに染まってきたからだよ。思春期は変わり目だった。おまえは人間の男というより、この世ならざる者のオーラが出てきたんだよ。食べ物が悪かったのか、屋敷の誰も吸わない空気のせいなのか…。」

「でも、僕は儀式を受けてなかったのに、そんな変化…。」

 

「思春期はどの方向に延びるか誰もわからない。急激な成長で、私が気付いた時は、もう人間として生きるのは難しくなっていた。異端のオーラを感じるのが、最初は子供だけでも、おまえが大人になったら、大部分の人間がおまえを特別な目で見る。バンパネラなら、オーラを隠せるが、人のままでは無理だ。」

 

老ハンナはここまで言うと、深いため息をひとつ、ついた。

そして、長い話を続けていく。

 

もう、エドガーをバンパネラにするしかなくなった…。

子供のころからバンパネラの里で育ったので、バンパネラになれば、誰よりも強い力を持つだろう。それに、その愛情深く意志が固い性格は、一族を守ってくれる。

キング・ポーからエナジーを貰えば、完璧な後継者になるはず。

 

でも、エドガーは嫌がる。本人の意志もないままエナジーを与えても変化に耐えられない。エドガーの強い決意を引き出せるのは…メリーベルだけ。

 

だが、メリーベルはバンパネラにできない。彼女は繊細すぎる。体力もバンパネラの儀式を乗り越えるには、心配だ。

バンパネラにしかなれない兄と、なろうとすれば命を落としかねない妹。

考え抜いた私は、すべてのことを解決する方法を思いついた。

 

メリーベルを人質にして、エドガーに一族に加わることを承諾させる。その時、エドガーは必ず、妹を逃がしてと言うに違いない。

誰からも愛されるメリーベルだけなら、条件の良い養子先が見つかる。

 

結論に達した私は準備した。

男爵に、メリーベルの養子先を見つけさせた。

目覚めたキング・ポーに、エドガーを会わせよう。キング・ポーに会ったら、エドガーは運命を受け入れる。少なくとも10年後の儀式までには。

その10年間、エドガーに後継者にふさわしい教育をしよう。その先生役も選んでいた。

次の10年間、移り住む屋敷での生活を、いろいろ計画していた。

 

それなのに、一番肝心なことを見逃していた。

あの日、エドガーが村に遊びに行くのを許したのは、少しずつ、子供たちと自分は違うことを体で知ってほしかったからだ。

まだ、半年は時に遊び、時にいじめられを繰り返し、しだいに人間を嫌うようになるはずだった。

だけれども、村の私たちを悪魔のように憎む大人が、子供たちに影響を与えていたことを、計算にいれていなかった。

子供たちがエドガーに暴力をふるい、なおも秘密を暴こうとするなんて。

遊び半分でも、それは悪意そのもの。もっと残酷な独りよがりの正義感を、大人に広げてしまった。

それで、あの事態に…。

 

老ハンナはしばらく言葉を無くしていた。エドガーもうなだれた。

二人にとって、つらい記憶なのだ。

 

「でも、メリーベルをロンドンに出してくれたよかった。ひどい目に合わなくてすんだもの。すぐに、養子になれたのは、おばあちゃまが、前から決めていたからなんだね。」

エドガーの目はうるんでいる。

 

「いや、もっと早く、二人とも出すべきだった。馬車を見送りながら、私は後悔した。あのメリーベルが一人で他人の間で暮らせるのか、妹と離れて、おまえがどんな気持ちでいるかと思うと…。あんなにつらいことはなかったよ。全部、私の決断が遅すぎたせいだ。」

 

エドガーは老ハンナの手を取った。

「あなたは、僕たちを愛してくれた。最善の道を選択してくれました。結果は残念だったけれど、そのおかげで、アランにも会えました。これからは3人で旅をしましょう。」

 

「いいや、君たちにしてほしい役割がある。今日は、そのことを頼みに来た。」

決意に満ちた声は、エドだった。さっきまでいた厳格な老女は消えていた。

声を変えると違う人格になることができるんだ。

この人は、いくつ声を持っているんだろう。

僕の驚きにもかまわず、エドは、まず、現在の一族について話し出した。

 

僕が生き返ることができたのは、過去に長老の術で変身していたから。生と死の間の壁が薄くなっていたそうだ。

普通のバンパネラでは難しいらしい。

その僕でも、老ハンナとしては戻れなかった。変身前の姿に戻ってしまった。

 

僕はあせったよ。老ハンナだったら、生き残りのバンパネラに命令できるのに、知らない少年じゃ、はぐれバンパネラは、ばかにするだけだ。

でも、それが幸いした。生き残り、つまり一族の集まりに来られないバンパネラは、人間社会でも、ひとりのことが多かったので、僕が入り込める隙があった。

少年バンパネラはライバルにはならない。褒める言葉も嫌味に聞こえず、欠点を指摘されても、相手が少年なら素直に聞けた。

何より、彼らの孤独が癒された。

 

僕はヨーロッパ中を回った。他のはぐれバンパネラと会い、連絡を取り合うことができるようにした。

 

ひとりぼっちだと怯えていた彼らは、他のバンパネラの存在を喜んだが、以前の掟通りにするのは無理だった。

それで、規律を彼らに合わせて柔軟にして、最初の目標を拠点つくりにしたんだ。

今は、そのためのお金を貯めているところだよ。

 

この前、一人暮らしのバンパネラ同士が結婚したんだ。僕たちの法的な両親になれる。

これで、転校やホテルの予約も彼らがしてくれるから、君たちの移動もスムーズになる。

 

僕は驚いた。

まだほかにも、バンパネラがいたことに。全滅していなかったのか…。

 

エドは僕の疑問に答えてくれた。

 

一族に加わっても、馴染めないバンパネラは出てくる。どこの世界も同じさ。

強さと美しさは、競う材料になりやすい。

人間社会での地位の高さも、彼らのプライドのひとつだ。

そのすべてに優劣がついてしまうのは、しかたがないこと。

 

一旦、自信がなくなると、逃げ場はない。

永遠に一族の中での立ち位置は決まってしまう。

老いの衰えも、病で気が弱くなることもないのだから、順番はくつがえらない。

 

そんなバンパネラは、いつしか一族の集まりを避け、人間の中に紛れ込んでしまう。

 

「僕は、彼らを知っていたんだ。長くまとめ役をしていたからね。でも、生き返って、一番、最初に尋ねたバンパネラが、見つからなくて、途方に暮れて…。時代も大きく変化してたし、14歳の少年としてのふるまいにも自信がなかった。そんな時、ピエールと出会って、彼のおかげで、人間の中で生きていく目途が付いた。ピエールには感謝しかないよ。いろいろ、バンパネラとばれる手がかりを残してしまったけれど、それでも彼は僕自身を愛してくれた。ピエールの体が健康なら、バンパネラになってほしかった。君とエドガーみたいにね。」

 

エドはうらやましそうに、僕とエドガーを見やった。

「それでね、君たちに頼みたいのは、目立って欲しいんだ。」

 

目立つ!どういうことだ。バンパネラは目立ってはいけないのに。

当然僕は、エドに、そう聞いた。

 

エドの答えは以下の通りだった。

まだ、隠れているはぐれバンパネラが何人かいる。彼らは、また一族が結集してきたことを知らず、ひとりで怯えて暮らしている。

馴染めなくても、一族の館があり、そこにキング・ポーが眠っていることは、心の支えだった。なのに、一族が虐殺され、生き残りの男爵一家も塵となったことは、恐怖を増大させ、一層身を隠すことになり、僕でも見つけられない。

 

そんな彼らに、仲間にいることを知らせるには、人間を利用するしかない。

 

謎の美少年二人が、時の流れを越えて、現れる。

人間は、ニュースにし、面白おかしく本にする。

ほとんどの人間はバンパネラ伝説と結びつけるのを、笑い飛ばすが、バンパネラは「もしかして」と少年たちに注目する。

 

人間には長い時間をかけて、バンパネラにとっては、少しの間隔で、君たちが、現れたら一族だと確信して、連絡をしてくるだろう。

 

「だから、名前も変えず、不思議な雰囲気もそのままに出没してほしい。何か聞かれても思わせぶりな態度でね。もちろん、これは危険だ。ブラバッキー夫人のような人が嗅ぎつけて、呪いの銃弾を撃ち込もうとするかもしれないのだから。」

 

エドガーが首を振った。

「そんなことは問題ない。塵になり、メリーベルに会えるのなら、僕は平気だ。だけど、エド、バンパネラが存在する意味はなに?そこまでして、一族を復活させて、何をしたいの?」

 

エドは、困った顔をした。答えがわからないと言うより、説明が難しいという顔だ。

しばらくして、エドガーに語りかける。

「僕もよくわからない。生きる意味…存在する意義つまり、役に立つなら、今までに永遠の時間を研究に捧げたり、流行り病の時に看護したり、戦いの前線で倒れて兵士を救出するバンパネラもいたけれど、ごく一部だけだ。

ほとんどの一族の者は美と若さを享楽し、生きることを楽しむだけ…。」

「そうでしょう。僕は…。」

「わかっている。エドガーは、そんなバンパネラの生活が好きではないことを。でも、今回のことで分かったのだ。僕たちは必要とされる存在なのだと。

だから、眠る場所があったのだと。

天国にも地獄にも行けないのは、神が作ったものではないから。そもそも僕たちは神が苦手だしね。

この世に非ざる存在は塵になるだけ。エナジーと共に消えるだけだと思っていた。

でも、僕たちに消えることのない魂があった。魂が眠る場所があった。その場所が用意されていたと言うことは、僕たちは何者かに作られたんだ。この世に必要だから…。」

 

「…必要?やっぱり僕はわからない。バンパネラとして生きるとは、どういうことか…。」

僕はエドガーに思いをぶつけた。

「そんなことは誰もわからないよ。人間だって、大昔から、その意味や仕組みを探り続けて、今だに、はっきりした答えはないじゃないか。僕は、君といるだけで生きる意味がある。メリーベルに会えるなら、塵になる意味もあるな。」

エドガーは苦笑する。

「君は気楽でいいな。永遠に続くんだぜ。」

「いいんじゃない。僕はこの世を、生きて見続けるよ。叔父一家もジェインも、彼らの子孫も永遠にね。ほら、人間が、この世に生まれるって、広い舞台に立つみたいもんだと思うんだ。そこで台本の無い人生を演じて、死んで降りる。それを僕は観てあげるんだ。」

「すべての人生は観れないじゃないか。観ていたって、すぐに人は消えていく…。」

「いいんだよ。ずっと観ている者が存在するだけで、演者は懸命になれるんだから。つまり人は懸命に生きる。

広い舞台の前のたったひとつの観客席に僕たちはいる。演者が気付かなくても、僕たちは見続ける。そんなことできるのは一族だけだ。」

 

エドが感心したように僕をながめた。

「面白いたとえ話だね、アラン。そうなのかもしれない。僕は、バンパネラは、この世の中の一つの軸だと思う。時間の軸だよ。4次元の4つ目の軸さ。老化も劣化も死ぬこともない、唯一の存在。永遠を生きて、時間をつないでいると思っている。」

「ふ~ン。」

エドガーは不満そうだ。エドは構わず、自説を繰り広げる。

「でも僕たちが、他の生物と違うことが、もう一つある。自分たち同士で子孫を作れないことだ。それは永遠の命との引きかえだと思う。親子という最初で最大の強い絆を作らせない。子供に引き継ぐ権力も財産も作る必要がない。そのために争うこともしない。自分の限りない生を旅するだけだ。ただ、生きていることが、軸を真っ直ぐさせている。時々、ちょっと、曲がったこともあるかもしれないけれど。」

 

僕は考える。

『この世という舞台の観客』『時間をつなぐもの』

正解は…わからないな。

 

「アッハッハッハ」

エドが、僕とエドガーを見て笑う。

僕たちの思案する顔が、面白かったようだ。

「そうだよ。何が合っているかは、わからない。それぞれに、探るしかない。ただね、僕たちが世の中を去っても、消えないで眠る場所があることは確かなんだ。だから、それまで、僕たちも人間と同じように、生き続けなければならない。」

 

「それなら、生きる意味は『生き続けること』になるよ…。」

そう、つぶやいたエドガーは自問自答した。

「だけど、それが一番、納得できるかな。」

コクンと首を縦に振った。

「ねぇ、エドの老ハンナ、僕は生き続けるよ。アランと一緒に目立つようにね。」

 

 

それから、僕たちの旅は変わった。

転校の手続きの苦労はなくなり、謎の美少年二人の印象を、あちこちに残すことを楽しんだ。

 

時々、エドや他の一族とも会うこともある。美男美女たちだが、個性的だ。

妙に暗かったり、派手だったり、いわゆる「オタク」みたいな大人たちを、14歳の少年エドが、まとめていた。

 

最初の本拠地は都会のアパートメントの一室だ。

「今では、都会の方が、村はずれの森より、人間と距離を置ける。もっとも、キング・ポーが生き返ったら、彼が眠る棺を置かなければならないから、広い屋敷が必要になるけれど。」

 

キング・ポーの話が出ると、エドガーは不機嫌になる。

一族の後継者として、次に老人にするのがエドとは限らない。エドガーかもしれないのだ。

「どんな爺さんになるかな。それともおばあさん?」

 

からかう僕をエドガーが追いかけてくる。

僕はエドの寝室に逃げ込んで、壁を見上げてしまった。

「待て!アラン!」

追いついたエドガーも僕の視線の先を見上げる。

 

「僕たちみたいだ。」エドガーがつぶやいた。

「メリーベルみたいだ。」僕がつぶやいた。

美しい少年の絵が2枚、壁にかかっている。傍らの少年と少女も、ことのほかきれいだ。

エドが観た人間が生きた舞台の絵だ。僕たちとエドの時間を真っ直ぐつなげる絵だった。

 

2枚の肖像画だった。

 

後記

私の妄想物語は、観劇の感想なのですが、今回は、キング・ポーや老ハンナはなぜ、老人?の疑問から、妄想が生まれました。

でも、一番の妄想のもとは、昔の『歌劇』の2枚の扮装写真です。

あの写真のエドガーが老ハンナになったに違いない!絶対に!

そこからは楽しくもあり、苦労もあり…。

突然、エドガーがバンパネラが存在する意味を問いただしてきて、困り果てました。

 

それでもここまで、読んでくだされば、幸せです。明日は男爵夫人に会いにいきます。

間に合った!

その後、僕はキング・ポーと森で合流し、一族全員が集まっている北欧の森に向かった。

 

そこで、キング・ポーは、僕を老ハンナはとして紹介し、新しいバンパネラの掟を示した。

新しいやり方は概ね、歓迎されたけれど、僕をまとめ役に指名したことについては、あまり好意的ではなかった。

でも1年、キング・ポーは、僕を助けてくれた。

「もう、大丈夫だ。」そう言って、10年の眠りについた。

 

キング・ポーの棺と本拠地の屋敷は僕と数人のバンパネラが守り、他の者は世界中に、新しい住み家を求めて散らばっていった。

最初の10年目の目覚めの時には、2か所だった住み家も、30年後には4つに増え、黒い森に帰ったのは、老ハンナになってから40年後だった。

 

その時の王は、末の王子の子供だった。妹が生んだ上の二人の王子たちは、互いに次の王を争い死んでいたのだ。

「人間の戦は、だんだん規模が大きくなる。われらも、巻き込まれることになるだろう。」

キング・ポーのその時の言葉は、度々、現実になった。

 

バンパネラが集団で襲われるときは、戦争や疫病で人々の心がすさんでいる時だった。

僕が一番、警戒する時だった。

 

10年ごとに集会を開き、目覚めたキング・ポーと次の本拠地に向かう。

新たに一族に加わえる儀式の時も、世界中から集まった。

喧嘩も揉め事もあったが、結局は愛が一族の結束を高めるものだと、僕は知ったよ。

いろんなことがあった…一族の歴史は語りきれない…。

 

長いエドの話は終わった。

14歳の少年にしか見えない彼は、何百年もバンパネラを率いていたのだ。

「すごいよ、君は!」

僕が賞賛の言葉をかけようと口を開きかけたとき、エドガーが非難めいた口調で、エドに詰め寄った。

「なぜ、僕たちにバンパネラだと教えなかったの?あなたほ拾われた時に、最初に告げられたのに。」

 

エドは「ふう」と、息を出すと、声を変えた。老ハンナの声に。

「メリーベルのことを話さなきゃならないね。もうエドでは私もいられない。老ハンナになるね。」

声と共に、一瞬でエドは老ハンナになった。

 

見た目は少年なのに、たたずまいは老ハンナそのものなのだ。

この人は声を変えれば、どんな人にもなれるのかもしれない。

 

その老ハンナはエドガーに質問した。

「あの時、おまえに、ここがバンパネラの里だと、言ったら、どうしたかい?」

「もちろん、逃げ出す。あの時、とってもバンパネラは怖いって思っていたもの。メリーベルをそんなところに置けない!それなのに、僕たちを騙して!」

エドガーは立ち上がった。

「でも、そうしていたら、僕とメリーベルは森を抜け出す前に、狼に…。でも…でも長い間、嘘をつかれていた…。おばあちゃまを信じていたのに…。」

力を無くし、座り込んだエドガーに老ハンナは優しく声をかける。

 

「私はお前たちが、もう少し大きくなったら、それなりの人間に養子に出そうと思っていた。

バンパネラになりたいという強い想いがないと、永遠の時の旅はできないからね。

決意が曖昧なバンパネラは、結局、人間にばれて殺されたり、一族に馴染めず、ひとりバンパネラとして孤独に怯えて暮らすしかない。そんな例を度々見てきたんだよ。

一族に加わるとしても、人間として生きることは必要なことだと考えたのだ。私は6歳から人間を憎んでいたから、バンパネラを受け入れられたけれど、お前たちは違うから。

だけど、二人一緒の養子先は見つからず、そのうちレダが、二人を手放すのを嫌がるようになった。」

 

レダ?確か老ハンナ付きの召使いだったはず。おばさんだったとエドガーは言っていた。

僕は疑問を老ハンナにぶつけてみた。

 

「レダって、おばさんでしょう。バンパネラは若者しかなれないはずなのに、レダはどうして一族に加われたの?」

 

「それはね」老ハンナは悲しそうな目で、また、違う物語を始めた。

 

 

レダは離れた村から夫とやってきた。

「女房がここで働きたいと言っていて…。」

でもレダは何も言わない。光の無い目で空を見ているだけ。その目の周りには黒いあざがある。

「ドジなやつで転んだんです。」夫は舌打ちする。

 

初めは断ろうとしたけれど、そんなレダを見て、男に多めの金を渡した。

「少なくとも5年は顔を見せないこと」と約束させた。

 

引き取ろうと思った理由は、レダは、この男に、そのうち殺されるに違いない、少なくとも、心はもう死んでいると思ったからだ。

それにレダが、この里の秘密を知ることもないようだ。

生きることをあきらめている女は、目の前のことも見ようとしないから。

 

最初、レダは怯えていた。「すみません」「許してください」しか言葉を知らないようだった。

「なぜ、そんなに謝るの?」と聞くと、彼女は体を縮めながら、告白した。

「私は何をしてもダメな女なんです。やっと、できた子供を死なせてしまったんです。泣き止ませることができなくて…。」

夫が泣き声にイラつき、赤ん坊を放り投げたのだと言う。

なのに、レダは自分を責めていた。

 

レダの洗脳のされかたは深刻だった。

私は、長い時間をかけて、自分を生きるように促した。

少しずつ笑顔が見られるようになった頃、また、夫が来て給金の前借を頼んできた。

小金を渡そうとする私に、背を向け、レダは怒る夫についていった。

 

3日後、レダは帰ってきた。

「夫を刺した。あの子のかたきをとってやったわ。後は老ハンナ様に殺していただくだけ。どうか、私の血を…。」

レダは一族の秘密を知っていた。

 

洗脳が溶けてきた頃、バラばかりの食事、入れ替わるように滞在する美男美女たち。彼らがつぶやいた「バンパネラ」の言葉。

でも、バンパネラの方が夫より優しく、自分を大事にしてくれた。

老ハンナ様のおかげで生まれ変われたから、老ハンナ様にかじられたい。

 

レダは私にすがりついた。

私がとるべき道は、一つだけ。レダを殺すことだけ。

それなら、望み通り、エナジーを与えてやろうと決めた。レダの歳では、変化に耐えられなくて死ぬのだから。

 

だが、レダは耐えた。彼女は長年の虐待で老けて見えたが、まだ30代だった。

それに、後で目覚めたキング・ポーが分析した。

「彼女は人を愛するより、崇拝してしまう。間違った人を崇拝すると奴隷になり、正しい者には信者になる。老ハンナを崇拝する心が、並みの愛より、変化を乗り越える力を与えたんだろう。」

 

「そうだね、レダは老ハンナをあがめていたよね。」

エドガーは懐かしそうに微笑んだ。

「あぁ、身の回りのことを完璧にしてもらった。時々、わずらわしくも思ったりしたけれど。そのレダの崇拝癖がお前たちにも…。」

 

レダは、最初、エドガーとメリーベルの世話を恐々していたが、次第に子育てにのめりこんで行った。

まるで、亡くなった赤ん坊の代わりのようにも見えた。

レダの心は安定し、自分に自信をも持つこともできるようになった。

ただ、メリーベルは成長するにしたがって、繊細な気質が見えてきて、養子に出すのを躊躇させる。

 

「それでも、出すべきだった。私とレダは、二人と離れるのがつらくて、理由をみつけては一日一日延ばしてしまった。そして、もう手遅れなことに気付いたのだ。」

キング・ポーが用意してくれていた、おばあさんの服に着替えながら、僕は不思議な感覚に戸惑っていた。

見える所はおばあさんに違いないのだが、体の中は今までと同じなのだ。

身は軽く、すべての体の機能は、昨日の僕と変わらない。

 

「気をつけろ、エド。その歩き方は老婆にみえない。もっとゆっくり、重々しく。」

「…はい、キング・ポー。こうですか?」

「その声も少年のままだ。低く威厳のある声にしろ。」

 

半日、僕は練習し、森を出て、町を目指した。

王宮のある町の城壁の前で、僕は考え込んだ。

城に入るには、どうすればいいのか?

キング・ポーは、「細心の注意と大胆な決断と、後は威厳だ。」と助言してくれたが…。

 

思い切って、町に入ると、不思議なことが起きた。

町の人たちは、僕を見るなり、驚き、ささやき合い、僕の後ろをついてくる。

小高い丘にある城に着くころには、長い長い行列になっていた。

僕は内心の不安を隠し、行列の先頭を、できるだけ威厳を示しながら、歩いていく。

 

城の入り口に付いたとき、また不思議なことが待っていた。

「老女さま、どうか、お入りください。」

身分の高そうな若い騎士が、僕に頭をさげる。

後ろの人々も騎士に最大級の礼をするため、一斉に膝をつく。

「王子様だ」「一番末の…。」「やはり、このばあさんは…」

人々の声が、聞こえてくる。

 

この騎士は妹の息子、僕の甥なのだとわかった。

そう思って見ると、記憶の中の父に似ている気がする。

肉親に会えた嬉しさが、不安と恐怖を消してくれた。

王子に案内されながら、僕は考えた。

途中で会う城内の者も、町の人と同じ顔をする。

驚きと怯えと、そして好奇心が見える。

僕の顔、この老女の顔が原因なのだ…。もしかして…。

 

「申し訳ありませんが、謁見の間にはご案内できません。王は王妃の傍を離れようとしないのです。王妃の居間で、王が、お会います。」

とある扉の前で、王子が立ち止まった。

 

部屋の中には王がいた。50年前の生意気な王子の面影が、その目に残っている。

「おお!王妃だ!まことに王妃そのものだ。」

王が、僕に抱き着く前に、僕は足を折って挨拶した。

「王様、何ゆえ、私をお城に招き入れたのですか?私は、しがない旅のもの。町に入ってからは、不可思議なことばかりで戸惑っております。」

 

王は答えた。

王妃が死の床についていること。最後の痛みに苦しんでいること。

安らかに眠りにつかせたいと、たくさんの医者や神職者たちにみせたが、薬も祈りも効かない。

 

「そこに、今日、王妃とそっくりな女が現れたと聞き、神の使いと思った次第だ。あなたは、どうして、この町へ、そしてこの城に来られたのか?」

「私も、何者かに導かれたようです。気付くとお城の前まで来ていました。」

僕は、王の話に乗ることにした。たとえ、王妃の痛みを和らげなくても、命を取られたものはいないらしい。

キング・ポーが、体力を使い果たす寸前の術で得た自分の体を殺すわけにはいかない。僕には、願ってもない申し出だ。

 

隣の王妃の寝室に、妹は寝ていた。

なるほど、変身後に鏡に映った僕に、そっくりだった。

痛みに耐えかね顔をしかめている姿は、最後に号泣していた2歳の妹を思い出す。

どんなに怖い思いをしたのだろう。今更ながら胸を締め付ける。

 

「ハンナ、ハンナ、ニイニイだよ。ハンナ。」

思わず呼びかけた声は、元の少年の声に戻っていたが、僕はもうかまわない。

手を握り、髪を撫でる。

 

「…ニイニイ?」

王妃は目を開けて、僕を見る。

そのとたん、部屋中に控えていた者たちの驚きの声が沸き上がった。意識が戻ったのは久しぶりらしい。

 

「そうだよ、ハンナ。もう、大丈夫だよ。」

「…カカ、トト…」

「かあさんも父さんも、お前を待っているよ。」

王妃は笑顔でうなづくと、再び目を閉じた。だが、その顔は安らかな寝顔だ。

 

その後、王妃は時折、痛そうに眉を寄せることがあっても、激痛に苦しむことはなくなった。

翌日の夜明け、王妃は眠るように亡くなった。

王を見上げながら「幸せでした」と言った言葉が、最後になった。

 

葬儀の準備の間、王は寝室から、全ての者を退出させた。僕を残して…。

悲しみの中で、僕は救われていた。

やっと妹に会えて、最期を看取れたこと、妹が幸せだったことに。

そして…、穏やかな妹の死に顔に。

 

病床の妹は死を目の前にして、閉じ込めていた幼い時の記憶が復活したのだと思う。あの森の場面が!

それが誰か、どんな記憶がわからなくても、恐ろしさは彼女を苦しめた。

苦しむ両親の顔と、味わった恐怖と絶望!

それが、眠る妹に繰り返し現れた。

僕の言葉で、死が安らかな眠りで、両親が待っていることを受け入れた時、苦しみから解放された。

僕が、ここに来た意味はあったのだ。

 

「本当に、そっくりだ。何か血のつながりがあるように思える。それに…。」

しばらく、王妃を見つめていた王が、僕に近づいてきた。

「王妃に話した声を、もう一度聞かせてくれぬか。」

僕は首を振った。

「私もあの声を出したのは初めてで、たぶん、王妃さまの何かが、私に響いたのでしょう。言ったことも、心当たりのないことばかりでございます。」

僕は、少し慌てていた。妹の素性や僕の正体を怪しまれては、いけないのだ。

 

「あなたには、本当に感謝している。最後に王妃と話すことができたとは!」

涙ぐんでいた王は、口調を変えた。

「どうして、王妃が穏やかになったのかは問わない。ただ、あの時のあなたの声に、聞き覚えがあるのだ。50年前、私を助けてくれた少年の声とそっくりだった。」

王は話してくれた。その少年との出会いと別れ。その後、彼を助け出そうとバンパネラの里を襲ったが、少年の行方は、わからなかった。

 

「私は、後悔した。バンパネラを退治しなければよかったと。恩を仇で返すことになった。あの少年がバンパネラで、今も、あの姿で生きていて欲しいと願っているくらいだ。だから少年に言われた言葉を守ることで、罪の意識を軽くした。」

 

僕の言葉?

 

王は、永遠の眠りについた王妃を見下ろした。

「彼は言ったのだ。『お姫様を幸せにして』と。私は王妃を守り愛し続けた。そして王妃よりも幸せになった。」

王は僕を改めてながめる。

「少年は私を幸せにしてくれた。ずっと会いたいと思っていたが、ある日、あの少年を目の前に見たのだ。」

 

「えっ。」声に出しそうになって、耐えた。うかつに話したら、自分でも、どの声が出るかわからない。

 

「末の王子だった。王子が私の背丈に迫ったころ、あの少年と笑顔が同じことに気付いたのだ。末の王子は、一番、母親似と言われている…。森の少年、その少年と同じ声のあなたは王妃にそっくり。王妃に似ている王子は少年と似ている…。」

王はやはり、頭がいい。僕がつけた森の目印の意味を、読み解いたのも当たり前だ。秘密を暴くつもりなのかもしれない。

 

「王妃と、その森の少年のつながりがお気になるのですか?それとも私と少年の?」

僕は、注意しておばあさんの声で聴いた。

王は首を振る。

「いや、王妃が亡くなった今、どうでもいいことだ。ただ不思議なお方よ。あなたに頼みたい。あの少年に会ったら『すまなかった』と伝えてほしい。あなたなら、それができる気がするのだ。」

 

王は僕が森の少年だと感じている。そして王妃と血のつながりがあるのも。

「会うことができたら、王の言葉をお伝えましょう。」

そう言って、退室しようとしたとき、王が呼び止めた。

「最後に、あなたの名前を教えて欲しい。妻の墓に話しかけるとき、あなたのことを伝えたいから。」

「ハンナ、ハンナと申します。一族の者は老ハンナと私を呼んでいます。」

 

ハンナは妹の名前だった。

王は、僕が呼びかけた名前が、王妃の本当の名前だと考えて確かめたかったのだろう。

 

城を出ると、国中に祈りの声と教会の鐘が響いていた。十字架を握りしめ、城の方を見上げながら泣いている人たちもたくさんいた。

それから僕は逃げるしかなかったけれど、妹が国民に慕われていたことの証のようで嬉しかった。