ココロの日記

ココロの日記

日々の出来事などなど・・・。

Amebaでブログを始めよう!
主人が亡くなって先月で三カ月。私にしたら月日がかなり経っていると思ってますがまだ三ヶ月。

告別式終わったら主人の勤めていた会社に(親会社、など)挨拶に行ったり、あとは諸処の手続きなどやはり知り合いの税理士さんに頼んでいるとはいえ公共料金などの手続きなどほんとに大変でした。

我が家はサラリーマンなのでそんなにあるわけでもないけど準確定申告などしないといけなく、また私も夫の扶養家族だったので健康保険なども今度は国民健康保険証になり年金も支払いつつわずかではありますが遺族年金を受け取るそんな手続きなどもありひどい時は毎日区役所行って書類もらいに行ったりしていました。

その間に四十九日法要もあったので初盆と一緒に行いました。また8月のお盆は義父のお盆行事もありとても忙しい日々で逆に動いていた方が考えることもそちらばかりなのでよかったかもしれません。

週一だけボウリングクラブに入っているのでそれだけは行ってますがクラブの皆さんたちに心配されたりしてでも主人亡くしているのに取り乱すこともなく淡々と主人の突然死のこと話している私。

きっと目の前で亡くなっていないので(出張先の東京での死)まだ信じられない気持ちもあるのとまだ東京へ出張へ行っているそんな感じで過ごしているわけです。

寂しくないの?ともいわれますが。。。

まぁずーっとこの感覚で行くのか?なあと思ったりしてます。
前日寝たのが12時過ぎ。告別式が10時からなのですが亡き人との最後のご飯を食べる行事があるので急いで用意を済ませて家を7時には出て会場へ。

担当の人が控え室にいてご飯の準備していたので私と娘はご飯をお茶碗へ、お味噌汁も付けてみんなでご飯を食べてました。そしたら受付の主人の同期の方々が8時前に着いたのでもうそこからバタバタと(ご飯を余裕で食べる時間って無いです)受付に行きました。

ここでお心付けをお渡しして(前日も遅くまで会場に居てくれ当日も8時前には来てくれました)

これでほんとに最後の日。今は告別式の終わりぐらいに故人の好きな曲を流してくれるので山下達郎のアルバムを渡したのと入り口には写真を何枚か渡したらスライドショーを流して、その前には主人のメガネやいつも持っていたカバン、単行本などを飾ってました。

告別式には本社の会長、社長、支店の社長さんも参列していただいたので慌ただしくご挨拶。

お通夜に来れなかった親戚も来て挨拶しましたが途中で会社関係者みえるので丁寧にお礼も言えないそんな慌ただしさの中告別式の時間になりました。

お通や夜と違って今日で最後なんだと思っていたらなんとも言えない感情になり皆さんがご焼香するときに近くに立つのですがもう足元がふらついて喪主である横に立っていた息子月支えてくれました。

皆さんのご焼香月終わり最後のお別れでお花を手向けるのですが担当の人がお花を持ってきてくれたのですが受け取ることができなくて…でも受け取り夫の顔見たら安らかに眠っていて…

その場で泣き崩れた私でした。でも紙に家族で一言手紙書いたのでそれを入れて、また二年前に主人が仕事集めた御朱印帳や単行本などを入れほんとうに最後のお別れをして棺の蓋が閉められました。

皆さんが待っている一階へ並んで行き喪主でもある息子が皆さんに最後の挨拶して車に主人乗せて主人の乗る車に息子と私が乗って、親族数人がバスに乗りました。

荼毘する前にはもう主人の顔は見れないのです。

あの場所は祖父母、実母の時にも行きましたが独特な雰囲気の中で住職さんがお経を読み釜の中へ…

待っている1時間半はお部屋も取れたので持って来たお菓子やお茶の時間でたわいの無い話をしてました。

時々空を見上げては心の中で主人に話しかけていました。


時間になり呼ばれてお骨になった主人。
骨太で立派でした。上顎には歯がしっかりと残って大腿骨も立派でした。

お骨をみんなで拾い箱の中へ。まだ温かい箱でした。

また会場へ戻り初七日法要がありそのあとは遅いお昼。その前に3人で住職さんの控え室へ行きお礼をお伝えしてお布施をお渡しして皆さんの待っているところへ。
立派なお弁当だったけど疲れて美味しいんだけどなかなか喉通らず。でも親族とまたそこで話しをたくさんしました。

二時間ぐらい話しをしながらご飯食べてお開き。

今度は担当者の方が仮祭壇を持って来るので家に急いで帰り仮祭壇置く場所を決めて片付けて担当の方が作ってくれました。

担当の人が帰ってやっと家族だけの時間。

でももう主人はいない。なんだかまだ不思議だねって3人で仮祭壇前で話していました。

長いようで短いようででもきっと主人が家族だけで3日間過ごしたかったんだなと思いました
出張先の東京で亡くなった主人。やっと葬儀屋さんの控え室に着いて私たちは控え室に宿泊せずに家に戻り20時間ぶりに休みした。と言っても翌日お寺さんが10時には枕経に来るのでまた9時半ぐらいには葬儀屋さんへ。でもお通夜までは普段着でいいので家にいるような服装で控え室で過ごしてました。

着いて寝ている夫に挨拶。不思議な感覚。ホントに普通に眠っている顔なんです。

枕経も終わって夫の思い出を伝えて(戒名のため)またお通夜に来ますと言って帰られました。

あとは葬儀屋さんと祭壇や諸々の決めることたくさんあってその間は親戚や夫の学生時代友人に亡くなった事を伝える電話。その間に葬儀屋さんと打ち合わせ。なんだかお通夜の日までは毎日22時近くまで葬儀屋さんにいました。

お通夜の日。沢山の友人の方々、会社関係の方々が来てくれた。娘や息子の上司の方も列席してくれ人の繋がりって大事だなあとつくづく思いました。息子が喪主。皆さんのお焼香ので間も立ってご挨拶。私も友人に伝えたので友人の顔が見えて少し安心。知らないお顔の方々ばかりより少しでも知っている方が来てくれるって安心するんです。

お通夜が19時だったので終わったのが遅くなり21時ごろ。翌日の告別式は10時からなので手伝ったくれた甥や姪の旦那さんにも感謝(はじめの方は主人の会社の同期や同じ会社の方々に手伝ってもらいました)とにかく終わった後も葬儀屋さん担当者さんと翌日の告別式の流れの打ち合わせ。実父も来てくれたので家に帰ったのが23時。まだ夕飯も食べてなかったのでもらった助六食べて翌日に備えてなんとか寝れました

長くなったので次に続きます