フツーのひとり
何度目かの外出、
所用があり、週末、上野へ。
最寄り駅で同居人と待ち合わせをして、
約束の時刻よりも早く着いたので、
ちょいとひとりでお買いものをして、
ちょいとひとりでお茶を飲んで
時間をつぶす、
という「フツーのひとり」がしたくて、
同居人に病院まで迎えに来て
もらうことはせずに、
病院から最寄り駅まで、ひとりタクシー。
ナニ、この解放感!
ひとりで街を歩いたのは、
いつ以来なのだろう。
頬をなぞって髪の間を抜けていく、
夏のじっとりした熱風だって爽やか。
松葉杖でガッチリと閉じられた、
脇の汗さえも心地よく感じてしまう。
銀行に寄り、ショップを冷やかした後、
ずっと飲みたかった
エスプレッソを今こそ!と、
ドトールへ。
が、カウンターまで来て、
しまった、と気がついた。
だけど、開き直るか、
と決断した。
「エスプレッソダブルを店内で。
お手数かけますが、
テーブルまで運んでいただけますか?」
努めて微笑みながら堂々と、
かつ「いつもこんな感じで
お店の方にお願いさせて
いただいておりまして」という風情で。
内心、けっこうキンチョー。
「フツーのひとり」がしたくて、
何気なく選んだドトールだったのだけど、
両手がふさがっている
松葉杖ユーザーの私には、
「エスプレッソが入ったカップを
自分で席まで運ぶ」というフツーは
まだ無理なのだった。
それにやっと気づいたのが
店内に入ってから、とは
なんて想像力の乏しい私。
タクシーに乗って、街を歩いて、
ショップを覗いて、銀行に寄って……。
松葉杖ユーザーだって、
フツーのことはたいていできるぞ!
と軽い自信さえつきかけていたのだけど、
そうでもない現実に出くわして、
いきなり酔いから覚める。
店員さんが気持ちよく、
私の席まで運んでくれた
エスプレッソを3口で飲み干しながら、
このカップの片付けもできない
自分に気づいて、また愕然とする。
セルフサービスのチェーン店は、
言わずもがな、セルフで運んで、
セルフで片付けられる人を
ターゲットにしているわけで、
それができない人は、およびでない。
「ごちそうさまでした。
カップ、片付けられなくてごめんなさい。
恐縮ですが、器、よろしくお願いします」
かつてフツーだった日常が、
今はフツーではないと思い知る時、
人は、終電を目前で見送った時のように、
途方に暮れてしまうのだな、
と、私から教わった。