子供が大きくなり


手が離れたころ


自分はどうしているのだろうか


最近色々考えてしまう





毎日忙しい、気付けば夜


日常のやることに追われ、1日が過ぎる毎日


自分の練習は、できるはずもない



しかし


音楽家、たるものは、練習が必要なわけで、全くそれが出来ていない私は、リタイヤしたようなもんだ



いつか、またあの時みたいに吹けるのかな?


ふと考える。


いや、無理だろう。


そう感覚的に思う


昔の私だったら思わなかっただろう。


でも、今の自分は、年齢的にも、そう思ってしまう


色々な意味で、現実的。


もちろん出産して、体も全然ちがう


筋力ももどらない


色々な意味で、無理だろう、と思うのだ。


リタイヤした方が良いのかな、本気で思うことがある。


さて


話は変わるが



「限界が見えると人は何か別のことに興味をとられたように行動する」


とある本に書いてあったが、


人は何かやらなければならないこと(例えば”勉強”にしよう)があり、それを始めるのをなかなかできないとき、ネットサーフィンしてみたり、別のことをやってみたり…

それは限界が見えるから、だと。


勉強を始めると、なかなか終わりはなく、すごく時間を要することがわかる


その時間を勉強にあてても、成長はすぐには見えず、まだまだ先、もっとやることがあることに気づく


それを知っていればいるほど、なかなか着手できず、違うことをやってみたりするらしい。


なるほどなぁ、と思ったが、


正にそれを自分に当てはめてみた。



限界を感じるから、何か違うものに力をそそごうとしているのか?



Yes とは言いたくないが、


そうかもしれない


ふと気づいた夜だった。



決してネガティブなことを書いているのではない


これが、現実なのだ