【佐藤優の眼光紙背】菅直人首相が福島第一原発事故に関する国際社会に対する特別声明を発表するタイミングに至っている 2011年03月29日08時30分

http://news.livedoor.com/article/detail/5448073/


佐藤優の眼光紙背:第93回 

3月28日午前の記者会見において、枝野幸男官房長官が「今、おそらく同じ時刻に原子力安全委がこの件についての見解をとりまとめる委員会を開いて頂いていると聞いている。

とりまとめようとしている案はあらかじめ報告を受けている。2号機の地下、タービン建屋の地下にたまっていた水の放射線濃度、これが大変高いことなどを踏まえると、2号機については一時溶融した燃料と接触した格納容器内の水が何らかの経路で直接流出したものと推定される、という分析を受けている」(3月28日asahi.com)と述べた。  


福島第一原発2号機の燃料が溶融したという認識を日本政府のスポークスマンが述べたことが国際的に大きな衝撃を与えている。この衝撃に対する日本側の認識が、率直に言って甘い。記者会見の記者からの「燃料の溶融は一時的なもので止まっているのか、続いているのか」という質問に対して、枝野長官は「これは原子力安全委員会の見解がまとまったら、おそらく記者発表されると思うので、専門的におたずねをいただければと思うが、私のところに報告されている原案では、一時溶融した燃料と接触した水だということできているので、継続的に溶融しているということではないのではないだろうか、と文書からは認識しているが、これは専門家の皆さんに直接おたずねいただきたい」(前掲asahi.com)と答えたが、この溶融に関しては、国際社会の関心がきわめて高いので、専門家や官僚に任せるのではなく、高度な政治案件と考えた方がよい。  

さらに汚染水が海洋に投棄される現実的な可能性がでてきた。3月29日付の朝日新聞はこう報じる。 東日本大震災で被害を受けた福島第一原発で、東京電力は28日、2号機のタービン建屋から外へつながる坑道とたて坑にたまった水から、毎時1千ミリシーベルト以上の放射線が測定されたことを明らかにした。汚染水は容量ほぼいっぱいとみられるが、排水作業は難航している。燃料を冷やすために注水は止められず、水の漏出は続き、汚染水は増え続けるとみられる。このまま行けば、大量の放射能を海など外の環境に投棄せざるを得なくなる。 (3月29日asahi.com)  汚染水の海上投棄が行われると国際社会の世論が大きく変化する。

1993年10月にロシアが低濃度の放射性液体物質を日本海に放棄した映像をグリーンピースが公開した。当時の新聞記事を引用しておく。 ロシア高官「通告済み」 「低濃度、国際基準守る」 核廃棄物投棄  


【モスクワ17日=徳永晴美】インタファクス通信によると、ロシア環境天然資源省のアミルハノフ次官は十七日、ロシア太平洋艦隊の海洋投棄専用船が同日、日本海海上で放射性液体廃棄物を投棄したことを認めるとともに、「国際諸機関および外国政府は、今回の行動については事前に通告を受けていた」と述べた。ロシア側は、低濃度の放射性物質を国際的な基準に従って投棄したとしている。  同次官は、「ロシアは国際原子力機関(IAEA)と海洋汚染の防止のためのロンドン条約の事務局、さらに関係諸国に対して約二週間前に今回の投棄について通告した」と語った。  同省のクツェンコ環境安全局長は、海洋投棄をIAEAで定めた方法と規則にのっとって行うために、投棄用タンカーで同省の専門家が監視していると説明した。  また、同省の核安全問題専門家のルィスツォフ氏は、「投棄されたのは、ウラジオストクのボリショイ・カーメニ地区の原子力潜水艦修理用造船所でできた低レベルの放射性廃棄物で、濃度は一リットル当たり一マイクロキュリーを超えない程度だ」と述べるとともに、今回の投棄総量は、最大限で二千立方メートルであり、全部でも数キュリーの「少量でしかない」、と安全性を強調。投棄された廃棄物が含有しているのはベータ・ガンマ活性アイソトープだけだと付け加えた。  同省の専門家によると、造船所の放射性廃棄物を貯蔵していたタンカーが故障し、湾内に沈没して沿岸を汚染する危険が生じたため、海洋投棄を行わざるを得なかった。投棄はもう一度予定されているという。  ○過去の投棄分で日本、6月に「安全宣言」  ロシア政府の報告書によると、日本海を含む極東海域には、計十カ所の放射性廃棄物投棄海域が指定されている。  旧ソ連時代の一九六六年から九一年に投棄された放射性廃棄物は、原子力潜水艦の原子炉二基などの固体廃棄物、原子炉冷却水などの液体廃棄物を合わせ、膨大な量にのぼる。低、中レベルの固体廃棄物だけで容器にして約六千八百個、廃棄物を積載して沈めた船も三十八隻となっている。 しかし、日本政府は六月、海水や海底土、海産物を調査した結果、廃棄物による影響はいまのところ見られないとする「安全宣言」をまとめた。(1993年10月18日朝日新聞朝刊  


しかし、国際世論はロシアの説明に納得しなかった。その後、ロシアは国際社会から激しくバッシングされた。福島第一原発の放射性汚染水の海上投棄を余儀なくされたときに激しい日本バッシングが起きる可能性がある。ダメージコントロールについて、政治主導できちんと考えておく必要がある。  


3月28日夜、ロシアは国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送)を通じて日本にシグナルを送っている。

福島第1原発での炉心溶解  福島第1原発の周辺土壌およびその周辺海域では、放射線量の数値が著しく上昇している。  日本の枝野幸男官房長官は会見で、福島第1原発2号機のタービン建屋のたまり水について、「溶融した燃料と接触した格納容器内の水が何らかの経路で直接流出したものと推定される」と述べた。東京電力は、2号機の炉心溶解の可能性については「判断材料が乏しいため、断定できない」との見方を示した。 原子力安全委員会は、2号機タービン建屋のたまり水について、 原子炉圧力容器が破損し、水が漏れた可能性があるとの見方を示した。  


クラチャトフ名称学術発展研究所のアンドレイ・ガガリンスキー所長(引用者註*正確にはクルチャトフ研究所傘下のエネルギー技術革新研究所のアンドレイ・ユリエビッチ・ガガーリンスキー副所長)は、次のような見解を示している。

--福島第1原発では炉心の溶解があったと見ている。少なくとも、6機ある原子炉のうち1機ではすでに溶解が起こったと考えている。すでに格納容器の密閉性は失われた可能性がある。現場の状況はそのような順番で進むものだからだ。  問題は、今後どのように状況が展開していくかだ。福島第1原発の状況はすでにパニックを呼んだ。  原発付近で採取された海水から規制値の1000倍を超える濃度の放射線物質が検出され、原発の放水口から300メートルの地点で高濃度のヨウ素が検出されたとの情報が伝えられた。 米国北部マサチューセッツ州でも、雨水から微量の放射線物質が検出された。福島第1原発での事故による影響と見られている。パニックを解消するには十分な情報開示が必要だ。  日本の隣国ロシアは、原発事故が発生した後、放射線観測を直ちに強化した。現在、ロシアの放射線量は基準値にある。情報はインターネット上でオンラインで掲載されている。(3月28日「ロシアの声」日本語版HP。http://japanese.ruvr.ru/2011/0328/48103540.html )  


クルチャトフ研究所は、1943年にスターリンの秘密指令によって、原爆開発のためにつくられた研究所だ。1955年まで、研究所の存在自体が秘匿されていた。この研究所はプーチン首相の直轄下にある。ガガーリンスキー氏は、チェルノブイリ原発事故の処理を担当した原発事故問題の第一人者だ。ロシアが送っているシグナルを、わかりやすく表現すると次のようになる。

 1.ロシアとしては、福島第一原発で少なくとも1機の原子炉で炉心溶融が起きたとみている。本件に関する事実関係を日本政府が可及的速やかに公表せよ。

 2.情報開示が不十分なためにパニックが起きていることを日本政府は認識し、対策をたてよ。

 3.海洋の放射性物質による汚染にロシアは強い関心をもっている。本件に関しては政治問題であるという認識を日本政府に持ってほしい。


 ロシアだけでなく、欧米諸国も似たような関心をもっているはずだ。これまでの日本政府の発表は、すべて国内向けであるという認識を諸外国はもっている。「福島第一原発の事故がこれだけ国際社会に心配をかけていることを日本政府と日本人は理解しているのだろうか。もはや心配という段階でなく、被害を受けることを懸念しているのだ。それが日本人にはわからないのか」という懸念を国際社会が強めている。


菅直人首相が福島第一原発事故に関する国際社会に対する特別声明を発表するタイミングに至っている。  この特別声明では、溶融の事実関係、海洋投棄を行う可能性があるかについての説明を簡潔かつ明確に行うとともに、原発事故で国際社会に迷惑をかけたことについて率直に謝罪すべきだ。  さらに文部科学省や地方自治体などが放射線の測定を行っているが、これに是非、英訳をつけてほしい。たいした手間はかからない。それによって日本が国際社会に積極的に情報を開示しようと努力している姿勢が、目に見える形で伝わる。(2011年3月29日脱稿)