■ジュンク堂 「神学とは」
ルリさん、有難う!
欧米での”University"と”College”の違いは、から始まったトーク。
答えは、”神学部”があるかどうか。
イエス・キリスト:
イエスという名前は、1世紀にいたごく普通の名前で、太郎とか一朗という名前である。
知的水準は中の上、高度な学識はない。 大工さんの子供。当時の高度な知性はパリサイ派の学者と比べると、相当劣っている、但し洞察力が優れていた、物事の本質をつかむ能力があった。また神の子であることを自覚していた。
突き放していうならば、彼の行動様式から、彼もパリサイ派の一員であり、その中でも学識の低いものである。
彼自身は、キリスト教を創ったもしくは新しい宗教を造ったという自覚はなく、ユダヤ教徒であり、ユダヤ教徒として正しい生き方をしたと確信しているはずである。
神学部の人に、キリスト教の創設者は誰かと問われれば、イエス・キリストと書くと×であり、パウロと書かなければならない。パウロによって、キリスト教に再構成された。
イエスが本当にいたかどうかという事を調べるために、福音書(マルコ、マタイ、ルカ、ヨハネ)が調べられた。近代の文献批評学の成果として、
・イエスがいたという証明できないこと
・イエスがいなかったということも証明できない
という事がわかった。
キリスト教というというのは、教祖であるところのイエス・キリストがいたのかいないのか、わからないという宗教である。
一般歴史によって、”客観的に、いなかったと考える事が高いと思う”人々が、無神論に傾く、その頂点が、バッハであり、”神が人間を造ったのではなく、人間が神を作った”というのが、宗教学である。
宗教学の基本的な視座は無神論であり、宗教批判である。左翼の人が好きな学問になった。
その後、イエスの子供時代、やカールバルトの話に発展していきます。
流石、神学の講師を勤めただけあって、まさに講義。
いつも思うのですが、固有名詞、年代、年号 スラスラと出てくるのは圧巻です。
えっつい拝