明日は新しい日

明日は新しい日

発達障害・不登校の子育て中。自分を責めすぎず、ありのままを受け入れるヒントを探しています。「明日は新しい日」と思える、あたたかな毎日を目指して。

最近、夫の言動について、どう受け止めたらいいのか分からなくなる場面が増えていますショボーン

 

そのたびに頭に浮かぶのが、これはうつ病の症状なのか、それともなんらかの発達特性によるものなのか、あるいは性格的な部分、いわゆる甘えなのか……という問いです。

 


 

正直に言うと、私はもう、


「全部病気だから、仕方がない」


とも、


「性格の問題なんだから、我慢しない」


とも、簡単には割り切れなくなっていますえーん

 

 

 

 

例えば、夫が探し物をしている時、


「あれどこにあるの、◯◯(私の名前)」


と、必ず語尾に私の名前をつけて呼ばれることがあります。

 

 

本人は、特に深い意味はないと言いますし、ただ声をかけているだけ、という感覚なのだとは思います。

 

 

けれど私には、その呼ばれ方が、実はかなり苦痛ですえーん

 

まるで、その持ち物の責任者に私がなっているかのような。


『把握していて当然』『管理していて当然』


そんな前提を置かれているように感じてしまうのですショボーン

 

 

 

嫌だ、ということも伝えました。


でも返ってくるのは、


「そんな深い意味で受け取らなくて良いのに」


という言葉。

 

こちらが意図しているよりも、ずっと軽いところで受け止められてしまっている感じがします。


改善してくれそうにない、というところが、いちばんつらいのかもしれません泣

 

 

 

「同じように言ってくれて良いよ」

 

と夫は言います。


その時その場では、本気でそう思っているんでしょう。

 

 

けれど、娘から同じような声かけをされた時、

 

「それは、パパが管理するものじゃないでしょ!」

 

と、夫は強い口調で怒っていました。

 

 

 

 

ああ、やっぱりショボーンタラー


きっと夫にとっても、されて嫌な言い方なのだと思います。

 

 

ただ、それを自分の行動として客観的に見る視点が、少し弱い。


そんな印象を受けています。

 

 

 

 

それでも、この『嫌さ加減』をどうやったら伝えられるのだろう、と、かなり真剣に悩んでいる私。

 

 

答えはまだ見つかっていません。


同じことが繰り返されるたびに、小さな違和感だけが、静かに積み重なっていきます。

 

 

 

だからこそ、これはどこまでが症状で、どこからが性格や対人パターンなのか。

 

家族として、どう理解し、どう線を引くべきなのか。


一度、ドクターにきちんと相談したいと思うようになりました。

 

 

 

私が知りたいのは、誰が悪いのか、という答えではありません。

 

医療的に理解すべき部分と、


「病気だから仕方ない」

 

で抱え込み続けなくてもいい部分を、整理したいだけなのです。

 

 

 

家族が無理をし続ける形で成り立つ関係は、きっと長くは続きません。

 

理解と我慢は、同じではない。


その境界線を見失わないためにも、今は、専門家の視点を借りたいと思っています。

 

 

 

家族のことは、近すぎて、どうしてもひとりでは整理しきれないことがあります。

 

 

 


「これは病気なのか、性格なのか」


「理解すべきなのか、線を引くべきなのか」


私自身、その判断をつけられないまま、長い時間を過ごしてきました。

 

同じように悩んでいる方は、きっと少なくないと思います。

 

 

この文章が、


「ひとりで抱えなくても良いのかもしれない」


と感じるきっかけになればウインク

 

 

そしてもし、考えを整理するために誰かの視点が必要だと感じた時には、そんな場所があることを、ふと思い出してもらえたらと思います。

 

 

最近、夫のメンタルの調子が少し下がってきているのかもしれない、と感じていますショボーン


ほんの些細なことで、長男や娘と衝突する場面が増えてきましたえーん

 

 

 

調子が悪くなると、夫には一つはっきりした傾向が出てきてしまいます。


それは、相手に直接伝えるのではなく、誰に向けたともつかない形で文句を言うこと。


まるで空中に向かって、不満を投げるような言い方ですショボーン

 

 

 

 

本当は、


「ここが問題だから、こうしてほしい」


と、感情と切り離して伝えられたらいいのに、と思います。


けれど、メンタルが落ちているときほど、どうしても感情が前に出てきてしまうんですえーん

 

 

 

こういったやりとりは、子どもたちにもそれぞれ違う影響を与えています。

 

 

長男はカッとなって言い返し、そこから言い合いが激しくなり、衝突がエスカレートしがちです。


一方で娘は、委縮してしまってなにも言えず、あとになってから私のところへ来て、気持ちの整理を求めてきます。

 

次男はその、ちょうど中間のような反応を見せる感じかな。

 

 

 

 

娘や次男の気持ちをなだめる中で、私自身が気づいたこともあります。


夫の言動が強くなるとき、それは

 

「親として注意しよう」

 

という視点よりも、夫個人が感情に巻き込まれてしまっている状態なのではないか、ということです。

 

 

 

子供たちが『わざと』なにかをした、しなかったと受け取ってしまったり、日常の様々な出来事の中に、不公平感を覚えてしまいがちになりますガーン

 

 

メンタルの調子が落ちると、『正しさ』よりも『感情』が前に出る。


すると、伝えたかったはずの注意は届かず、家族の中にしこりだけが残ってしまうことがあります。

 

 

 


そこで気をつけているのが、子供たちへのサポートは、なるべく早めに手厚くしつつ、夫に対しては、少し時間を置いてから対応することウインク

 

起きた出来事をできるだけ客観的な視点で整理し、誰が悪かったかではなく、何が起きて、どう受け取られたのかというところに焦点を当てて、伝わりやすい言葉にするよう、意識しています。

 

 

 

 

今回のことは、次回の診察でドクターにも相談してみるつもりですが、それと同時に、家族それぞれの感情をどう整理すれば良いのか、衝突を大きくしないために、どこで立ち止まれたのか、改めて振り返っています。

 

 

家族の誰かの不調は、本人だけの問題ではありません。


一緒に暮らす人が戸惑い、悩み、疲れてしまうことも、決して珍しくないのだと思います。

 

 

もしこの記事を読んで、


「うちのことかもしれない」


「どう関わればいいのかわからず、立ち尽くしている」


そんなふうに感じた方がいたら、まずは気づけたこと自体が、大きな一歩ですニコニコ

 

 

 

感情と出来事を分けて言葉にしてみるだけでも、状況が少し違って見えてくることがありますウインク

 

 

正解を急がなくても良い。


すぐにうまくできなくても良い。

 

感情が揺れたとき、少し距離を取り、起きたことを言葉にしてみる。


それだけでも、家族の中の空気は、ほんのわずかに変わりますニコニコ

 

 

 

私自身、まだ試行錯誤の途中です。


それでも、立ち止まりながら振り返る時間を持つことで、少しずつ前に向けることもあるのだと感じています。

 

 

今日もまた、できることを一つずつ。


そんな気持ちで、家族と向き合っていこうと思いますハート

 

 

 

今日も、予定をいくつも掛け持ちする一日でした。


朝からずっと、自分の通院と父と母の通院に車であちこち駆け回り、その合間には次男の送迎もアセアセ

 

 

用事の途中でスーパーに寄り、買い物を済ませて、さあ再出発……と思ったその時。

 

……エンジンが、かからないガーンハッ

 

 

 

ここを出たら一度家に戻り、夕食の支度を軽く済ませてから次男を迎えに行く予定でした。


それが、まさかの出先で足止めえーん


こういう予定外は、なかなか心臓に悪いものです泣

 

 

 

 

タイミングの良いことに、停まった場所は我が家の車のディーラーからそれほど離れていないところでした。


担当の方に電話をすると、

 

「近くだから、今から行きますよ」

 

と様子を見に来てくださることにニコニコ

 

 

ひとまずの応急処置をしてもらい、そこから時間切れで家には戻らず、そのまま次男のお迎えに直行。

 


用事を終えたあと、改めてディーラーに向かい、きちんとチェックをしてもらいました。

 

 

 

幸いなことに、すぐに処置をしてもらえることになり、大きな予定の変更はなかったのですが、予定がずれるだけで、気持ちの疲れ方はぐっと増えるものですねアセアセ

 

 

こういう「想定外」が重なった日ほど、気持ちや段取りをどう立て直すかで、その後の一日のしんどさが変わってきますてへぺろ

 

 

 

 

慌ただしい一日でしたが、なんとか無事に終わりました。

 

こんなふうに、日常の中で起きた出来事を言葉にしてみると、それだけで少し気持ちが整うこともあります。

 

 

こうして立ち止まって振り返る時間が、次の一日を少し楽にしてくれるのかもてへぺろ

 

 

 

さ、明日も予定がいっぱい。

 

切り替えてゆっくり休みますぐぅぐぅふとん1ふとん3

 

 

 

かなり長い期間、躁状態が続いていた長男アップアップアップ

 

 

厳密には、ずっと上がりっぱなしだったわけではありません。

 

少し下がりかけたかな、と思ったらまたぐっと上がり、ちょっとだけ下降したかと思えば、あっという間に再上昇して……と、高い位置のままでアップダウンを繰り返していた感じですアセアセ

 

 

こちらが、そろそろ大丈夫そうかな、と思っても、次の日にはまた言動が突き抜けていたりして、期待と不安を行ったり来たりする日々。

 

正直なところ、見ているこちらの気力も、かなり削られました絶望

 

 

 

そんな長男が、ここ最近になって、ようやく少し落ち着いてきました。

 

自分の将来のこと。


自分の特性を踏まえた、現実的な選択肢。

 

 

そういった話題についても、感情が先走ることなく、落ち着いて受け止め、会話ができるようになってきたのです爆  笑

 

 

これは、親としては本当に大きな変化です。

 

 

 

 

就職活動も、上手くいっている……わけではありませんが笑、投げ出すこともなく、よく分からない方向に暴走することもなく、コツコツと進めている最中です。

 

 

就職担当の先生からも、ちゃんとアドバイスを受けているようで、これまではまったくスルーしていた面接のコツなども話題に上るようになりました爆  笑

 

 

 

そして、私にとってもう一つ大きかったのが、犯罪スレスレ、グレーゾーンへの興味が少し軽減してきたことびっくりハッ

 

躁の状態にある長男の言動で、正直、これが一番ヒヤヒヤしていた部分でしたガーン

 

 

興味が完全になくなった、というわけではなさそうですが、


「グレーゾーンは、あくまでグレー」


「良くないことなんだ」

 

という認識に、ようやく近づいてきたように感じていますニコニコ

 

 


『これは良くない』『これは危うい』という感覚を持てるようになること。

 

 

それだけでも、今はひとまず、大きな一安心です照れ
 

 

 

 

双極性障害の波は、きっとまた必ずやってきます。


これから先も、上がったり下がったりを繰り返すでしょう。

 

 

それでも、少し落ち着いて、自分の足元を見ながら進めている今の姿は、確かに、これまでとは違っていますニコニコ

 

 

この落ち着いている時間が、どうか、少しでも長く続きますように。

 


そして、また波が来たとしても、今回の経験が、長男自身の中で、何かの支えになってくれますように流れ星

 

 

そんなことを願いながら、今日も、少し離れたところから見守っていますハート

 

 

 

 

正解のない状況の中で、少し立ち止まって話をしたい時の場所として、このブログが役に立てば嬉しいです。

 

 

 

昨日はすっかり疲れ切ってしまった一日でしたが、まず朝一でどどんと重たくのしかかってきたのが、父の病院の付き添いでした。

 

 

 

いつもの診察のつもりでいたのですが、ドクターから不意打ちで今後の診療方針についての厳しいお話があったんですショボーン

 

 

 

父はいくつかの持病を抱えているのですが、今回の通院で診ていただいたのは、肺の感染症について。

 

父の病状、全体的に少しずつ改善はされているのですが、父がかかっているのはちょっとややこしい病気で、治ったと思って油断していると、不意に再発することもあるんだそうです。

 

 

 

「もしそうなってしまった場合、この先の治療方法の選択肢というのが非常に少ない病気です」

 

「手の打ちようがなくなった時の延命措置をどこまでするのかということを、あらかじめ時間のあるうちに家族間で話し合っておいてください」

 

 

という内容のことを、ソフトな口調ではありましたが、急に話し出され、母はあからさまにオロオロガーン

 

 

父は父で、

 

『いや、以前肺気胸になった時は、入院して寝てたらそのうち治ったから、今回も……』

 

とかなんとか言い始め、若い頃の自然気胸と高齢になってからの肺の感染症とが同じ経過をたどるとは限らないという、基本的なところをドクターに諭されていましたタラー

 


 

元気そうに見えるからこそ、こんな話をするのは、どうしても気が引けてしまいます。

 

「まだ大丈夫」

 

「考えたくない」


そう言いたくなる気持ちも、ものすごくよく分かる!

 

でも、ドクターの仰る通り、いざという時になってからでは時間が足りないのですタラー


考えたくないことほど、避けては通れない場面が、ある日突然やってくるんですよねショボーンアセアセ

 

 

 

 

昨日は、その避けて通れない入り口に立たされたような一日でした。

 

同じ立場の方なら、このなんとも言えない重たさ、きっと分かってもらえる気がします。

 

 

 

帰り道では、体の疲れももちろんのことながら、気持ちの上での疲れがどっと出てしまいました絶望