第3章~闇が求めたモノ~



~再会、沸き上がる狂喜~



「……………!!」



そこに横たわっていたのは……。

あの時よりも伸びた栗色の長い髪。

あの時よりも褪せた紅いカチューシャ。

あの時よりも美しくなった……だが確かに面影を残している愛らしい顔……。

間違いなかった。

確かに俺が6年間探し求めていた娘、“エレナ”だった。



……ああ、やっと……。



ふいに激しい眩暈を覚えて寝台から数歩後ずさり、曲線を描く塔の壁にもたれかかった。

だが、視線はエレナから外さない。

外れない。

額に当てた右手。

指の間から覗く視界は天地が交わり、何1つ定まらない。

それなのに……その娘がどこにいるのかだけはハッキリと分かる。

あの時と同じように、暗闇の中でも陽をその身に宿しているかの如く、淡い光を放っているから……。

……やはり俺の読みは間違ってはいなかった。

思っていた通り……いや、それ以上の“デキ”だ。

過去のどんな女も、この娘を前にした今、有明の月のようにその輝きを掻き消されて行く。

つまらない物に手を出してきてしまったと、はじめとは違った意味で悔やみさえした。



……だからなのか?



やっと眩暈が治まり、壁に付いていた背中を外した。

額から離れた手に、ジトリと汗が纏わり付いている。

……あと何年もすれば、こいつがここまでの成長を遂げると……無意識にそれが分かっていたから俺はこの娘を生き永らえさせたのか?

あの、瀕死の極限状態の中で?





……いや、最早理由などどうでもいい。

あの時の雪辱を果たす。

その上でこの“最高の”女が手に入る。



……これ以上の幸運はない……!



俺は口の端を上げて、笑った。

人間には恐ろしく見えるらしいが、俺としてはただ単純に喜びを現しているだけだ。

足を踏み出した。

足音が大きく跳ね上がり、天井にぶつかってまた跳ねる。

寝台までの、4、5歩の距離。

ゆっくりと、しかし確実に近付いてくる死に、その美しい顔を存分に歪めて見せてくれよ……?

第3章~闇が求めたモノ~



~約束の満月~



雲1つない濃紺の空に、そこだけ白く丸い穴がポッカリと開いているような夜。

月は好きだ。

闇を恐れ、ほとんどの生物が眠りへと逃げ込む夜に、1人こんなにも自己を主張している。

星屑など比にもならないほどの強い光。

しかしそれは、昼の支配者である太陽の前では陰にもならない。

奴が姿をくらます夜だからこそ、月はこんなにも美しく、その姿を地上に知らしめることが出来る。

それは言い換えれば、夜でしか己の存在を認めさせることが出来ない、ということ。

……同じなんだ。

我々闇に生きる者と……。

俺は天に昇る“同族”を見上げ、誓いをたてた。

……忌ま忌ましい太陽に報復を。

太陽が愛したあの娘に、今度こそ死を……!





眼下に広がる城下街は、まるで住人全てが死に絶えたように寝静まっている。

こうデカい街なら、夜中に酒場の1つや2つ賑わっていてもおかしくないが……。

闇に呑まれた街を横目にしながら、普段なら気にも止めない人間の生態なんぞをぼんやりと思案している。

そんな自分に気付いて、思わず苦笑する。

だが今夜ばかりは許されてもいい筈だ。

ただ空腹という欲求を満たす為だけに飛ぶのとは、訳が違うのだから……。





城下と城とは、深く幅もかなりある堀で隔たれている。

もちろん宙を行く俺には何の意味も成さないが。

夜間は橋が上げられ、何人も通さぬ城門を尻目に、俺は城門から最も離れた場所に位置する塔へと向かう。

そこが、王に徴収された娘たちが俺に喰らわれるまでを過ごす最期の場所だった。

塔の天辺に小さな部屋があり、かつては軟禁用として使われていた形跡があるのを、過去の訪問で知っている。

入口は、地上にある扉ただ1つ。

更には、ひたすら塔の内部を螺旋する階段と天辺の部屋との間にも重々しい扉があり、外から鍵が掛けられる。

閉じ込められた者に、逃れる術はない。

あるとすれば、腰の高さほどから縦に長く隙間が開いただけの窓から身を投げるくらいだろう。

――もちろん、落ちて助かる高さではない。

俺はその窓へと変身を解いて降り立った。


しばらくサボってましてね

ごめんなさいね。

なんかあったかってーと

そーでもなくてね。

なんとなくで授業サボる人だからね。

そりゃ

なんとなくでブログだってサボります。

ええ、そうですとも。

なんとなく生きて

なんとなく死んでいきますよ。

ええ。

だから、

ここもなんとなく終わっていくんでしょう。

なんとなくね。

気負うのはもう疲れた。

今度は

本音で物を言える場所を作れればいいな。
第3章~闇が求めたモノ~



~最期の要求~



6人目の女を喰らった次の夜。

俺は国王に更なる獲物の催促をすべく、深夜の城内を堂々と闊歩していた。

遠慮のない足取りが床を叩き鳴らし、松明の炎が揺れる中を大手を振りながら、何人もの兵士の前を素通りする。

誰も見咎める者はない。

そうやって肩で風を切りながら、城の奥深くに匿われるようにしている王の居室前にたどり着いた。

重々しい音を轟かせ、豪奢な装飾が施された扉が開く。

国王は夜も更けたというのに眠りにつくことなく、だだっ広い部屋の中央でこちらに背を向け、佇んでいた。

俺が数歩部屋に踏み入ると、後ろで扉が思い切り閉まった。

もちろん閉めたのは俺だ。

このくらいの神通力、闇に生きる者なら誰でも持ち得ている。

国王はフラリと身体を揺らして振り返り、その血走った目で俺を認め、カッと目を見開いた。

……それにしても、この男はずいぶんと変わった。

以前の血色の良いふくよかさは失せ、頬はこけ、肌は渇ききった土のそれとよく似た色をしていた。

「こんばんは、国王陛下。次の獲物の催促にやって来たのだがね。」

坦々と言葉を紡ぐ俺に、国王は震える声で、しかし辛うじて一国の長としての威厳を保った口調で言った。

「貴様、いつまでそうして娘たちを喰らい続けるつもりだ!?このまま国中の女を全て喰らい尽くし、我が国を滅ぼす気か!!」

「別に惜しくもないでしょう。可愛い姫君の為なら国の1つや2つくらい。」

国王はその顔に恐怖を刻んだまま、その場に凍り付いた。

名君主とまで言われたこの男が、吸血鬼に屈したもう1つの理由。

――それは、1人娘の命を握られているということだ。

もっともあの日、“契約”を破られることがないようにとこの城から連れ去ったその日に、お姫サマはとうにこの世から消えているが。

「止めてくれ……頼むから、あの子だけは……ああ……っ!!」

そうとも知らず、床に頭を擦り付け、必死で娘の命乞いをする最高権力者を見下しながら、俺は声を上げて笑った。
だが……これにもそろそろ飽きた。

俺は足を上げ、目の前の国王の頭を踏み付け、床に叩き付けた。

はじめは苦痛に呻く声が聞こえてきていたが、何度もそうしている内に国王は何も言わなくなり、大量の血が床に広がっていた。

肩が微かに上下しているから、死んではいない。

「……そうだな、そろそろ遊びは止めにしよう。では国王様?次が最期の要求だ。」

薄くなりはじめた髪を掴み上げて顔を上げさせ、目を合わせる。

顔が潰れて血まみれになっていたが、年老いた男の血などに興味はない。

「よもや、美しい娘をとは言わない。この国にいる、栗色の髪に蒼い瞳を持つ『エレナ』という娘を探しだせ。期限は1週間後の満月の夜。……出来ないとは言わせないぞ?国王様?」

髪を掴んでいた手を離し、国王と呼ばれる男の顔はゴトッと鈍い音をたてて再び床に沈んだ。

「国中、草の根を分けてでも探し出せ。……万が一死んでいたら……その時は証拠としてその亡骸をあの場所に置いておけ。」

オレはそう言い残し、部屋を後にした。

――はじめから、こうすれば良かったんだ。

風貌から名まで割れている。



今度こそ、絶対だ……!



オレは時間が経つのをもどかしく思いながらも、6年前の失態を晴らすその瞬間を思い描き、胸躍らせながら1週間を過ごした。





――そして、約束の日が来た。




第3章~闇が求めたモノ~



~全ては断ち切るために~



手始めに、初めてあの娘を見たあの森の周辺の街や村、小規模な集落にまで探りを入れたが、そんな簡単に見つけることはできなかった。

……当然だろう。

吸血鬼に襲われたというのに、その根城が目と鼻の先にあるような場所に居続ける理由などない。

だから俺は、国中に視野を広げた。

街や村の長をその規模に構わず見境なく脅し、その地域の娘を献上させた。

しかし……あの娘を見付け出すことは叶わないまま、5年に及んだ俺の捜索の手は今や、この国の首都にまで広がっていた。

今度は街や村なんて規模でなく、国の長である国王に脅しをかけたのはつい先日のこと。



「この国で一番美しい娘を献上しろ。」



「一番美しい娘」……そう告げれば確実にあの娘……エレナに行き着く筈だった。

国王は護衛の兵十数人を片手で捻り殺した俺を見て、すぐに快諾した。

しかし……国王が用意した女は、どれもエレナとは違った。

違っていても献上されたものは残さず頂いたが……。





拘束していた身体が一瞬大きく痙攣して、女の脈が完全に止まった。

「国で一番美しい娘」……これで6人目だ。

腕の拘束を解くと、女の身体が崩れるように床に堕ちた。

さっきまで「イヤ」だとか「助けて」だとか喚き散らしていたのが、そこら辺に転がる倒木か石ころかと同じになる。

それに何の感傷も浮かびはしない。

腹が満たされた瞬間、獲物に対する興味も関心も一切無くなるのだ。

俺は女の身体を無造作に蹴り動かしてから、簡素なベッドに腰かけた。

国王に徴収され、ここに横たえられていた6人の女……。

味は、決して悪くはなかったように思う。

しかし……どれも求めていたものとは違ったという失望と苛立ちから、実際はほとんどその味を覚えていない。

というより、この6年間の食事はずっと、腹は満たされてもどこか空虚なものが残っていた。

吸血鬼にとって唯一の楽しみである食事が億劫になり、一時期は何も口に出来なくなってしまった程……。

……だがそれも、あのエレナという娘が死ぬことで、終わる。

また、あの顔が目の前をチラつく。

……確かに美しい女だった。

あの時……俺は死にかけていたにも関わらず、「あと3、4年もすれば国一番と言われる位は為り得た」……などと考えていた。

自慢じゃないが、獲物を見る目には多少の自信がある。

……ならば何故あぶり出せない……?

成長の段階で痘痕にでもかかったか?



……あるいは、すでに死んでいるか。



はじめて会った時に感じた病弱で儚い印象と、弱々しい血の流れを思い出す。

――可能性は、充分にある。