「瞑想は思考をコントロールするのではなく、思考にコントロールされないように学ぶ事である」
今日、SNSで拾った画像に英語でそのような事が書かれてあった。
すごく腑に落ちるか、というとそうでもない。
瞑想を逆に制限する言葉にも聞こえる。
思考から自由になるとかならないとか。「思考」中心に考える事自体がナンセンスな気がしてくる。
でも、確かにいつものように思考に支配されなくなるなぁ。
とか、妙に引っかかるフレーズだった。
いつか、今私が感じる違和感をもっと上手に表現できる日が来るかな?それはもっと瞑想体験が深まった時なのかな?
なんて考えてた。
今日嬉しかったことは、今、子どもに読み聞かせしている「ナルニア国物語シリーズ」の中に「テラビンシア島」という名前があり、もしかして児童文学界の名著『テラベシアにかける橋』という本のタイトルは、ナルニアのテラビンシア島からとられているのではないだろうか?と思ってWikipediaで『テラベシアにかける橋』を調べたら、その事が言及されていた!
『テラベシアにかける橋』は、アメリカの中学1年の読書のクラスで課題図書だったので、記憶に深く残っている。
また手に取ってごらん。という合図なのかな?
私は11歳か12歳の頃だ。30年ぶりの読み直し。
今日あった、その他のYES!シリーズ。ささやかなYES!が見つかった時、結構嬉しいです。
💫柚子風呂に入った
💫南インドからLINEでお便り
💫巨大な柑橘類に入刀。部屋が良い香りに。
💫自分の好みがわかってくると、自分の好みの生き方がわかってくる事が理解できてきている。
💫小麦断ちを思いつく。←まだ思いついただけ。不可能と思われる事に挑戦してみようか。。。ドキドキ。となる。一つ不可能の扉が開いて嬉しい。