September Deborah Cox
「セプテンバー」といえば、普通アース・ウインド&ファイアーを思い浮かべるだろうが、僕はデボラ・コックスの2ndアルバムの1曲目に収録されたこの曲を思い出す。
デボラ・コックスはカナダ出身のR&Bシンガーで、クライヴ・デイヴィスのアリスタ・レコードに所属していることから、ホイットニー・ヒューストン風のクロスオーバー・ヒットを狙っている感じがあった。実際、2nd アルバムからは"Nobody's Supporsed to Be Here"という、いかにもそんなイメージのバラードがあった。そして、その頃のR&Bのアルバムは当時流行のプロデューサーが複数関与して一枚作り上げていたので、旬なメンツとしてパフ・ダディー関連作のヒット作の多くを手掛けたスティーヴィー・Jが参加している。
スティーヴィー・Jのプロデュース作といえばポリスの"Every Breath You Take"を流用したノトーリアス・B.I.G.の追悼シングル、"I'll Be Missing You"が有名だが、この曲はパフ・ダディーの元から離れてプロデューサー兼アーティストになることを目指したのか、P.Diddy風に曲中で自己主張しつつ少しいびつな感じの曲だ。この辺は、ティンバランドとミッシー・エリオットのサウンドやビート感覚を意識したのかもしれないし、スパニッシュ風のギターも当時の流行に乗ったのかもしれない。ちょっとダークな感じのするバラードだが、1曲で当時のファッションを思い出させてくれる佳作だ。
Back at One Brian McKnight
冒頭の曲を挙げるなら、シェップ・クロフォードがプロデュースした"Nobody's Supporsed to Be Here"でいいような所だが、重厚なバラードよりも、男性ヴォーカルで軽やかで紳士的にセクシーなこちらを選ぶ。
最近はイケオジという言葉があるが、ブライアン・マクナイトはだいたい同期のR.ケリーと違って昔から誠実なイケオジで、引き出しはそんなになくても質は今も変わらない。
このバラードは90年代末期の、モータウン移籍後の大ヒット曲で、聴いている女性たちの反応そのままに人気の高い曲だ。コーラスの部分で"One"とカウントして
いきながら指を前に突き出して、"Five"まで数えて"One"に戻る。90年代のR&Bアーティストは当時の雑誌のインタビュー記事を読んでいてもスティーヴィー・ワンダーとマーヴィン・ゲイに影響を受けたミュージシャンが極めて多いが、R.ケリーもブライアン・マクナイトもスティーヴィーの方の影響が強そうだ。
He Wasn't Man Enough Toni Braxton
イントロで"Darkchild"と律儀にトニ・ブラクストンが入れてるように、ロドニー・ジャーキンスのプロデュース曲。トニ・ブラクストンといえばベイビーフェイス&L.A.リードのLaFaceのシンガーだから、この組み合わせは斬新で、ロドニー・ジャーキンスもマイケル・ジャクソンへの提供曲よりキャッチーかつアーティストのカラーに合ったものを出してきている。
PVは最初だけ観ると日本産アニメのナードなイメージが出てて、リンクが間違っていないかとあせってしまうが、バラード系のヒットが主体だったトニ・ブラクストンに、ハイクラスな美貌のイメージを崩すことなくアップテンポの曲で当てている。でもこれもバラードといえばバラードで、そこがとても魅力的だ。
A Lover's Concert Diana Ross & The Supremes
誰でも一度は聞いたことのあるレベルのアメリカの60sスタンダード曲だが、要は「バッハのメヌエット」のクラシック→ポップスに変えたもの。かといって、近年の研究では、実はバッハもこっそり自分のものだと錯覚させるようなことをしていたらしい。以下はそのままwikipediaからの引用だ。
オリジナルは、1965年にアメリカ合衆国のガール・グループ、ザ・トイズが歌ったものである。Billboard Hot 100では最高2位を記録。キャッシュボックスとカナダRPMでは1位を記録した
リンザー&ランドルが基にしたのは、J.S.バッハの『アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳』の中に含まれる『メヌエット ト長調 BWV Anh.II/114』である。元曲は3/4拍子で書かれているが、『ラヴァーズ・コンチェルト』は4/4拍子にアレンジされている。ちなみに、元曲は長らくバッハ作曲と伝えられてきたが、現在ではクリスティアン・ペツォールトの作品であることが通説となっている。編曲はチャーリー・カレロが担当した。
その「ラヴァーズ・コンチェルト」をスプリームスがカヴァーしているのを最近ビーイングの社長、長戸大幸氏のラジオの書き起こし記事で知った。だが、そこでは元ネタがバッハの「メヌエット」であることに触れつつ、現在の通説には触れていなかったと思う。近年の歴史では聖徳太子すら実在ではないとか、織田信長は革新的な人物ではないとするらしいが、バッハの件はともかく、日本史の方はいまさら何を根拠にもっともらしく塗り替えようとするのだろう、と思う。伝承というのはなんらかの事実があって初めて尾ひれがつくのだから、そんなに侮ったものではないと思う。
さて、スプリームス盤のアレンジはこうした背景をふまえてか、クラシックの旋律とリズムで始まり、途中から急に60年代モータウン・ビートに移行する。ダイアナ・ロスがこの手のクラシカルでかわいいメロディーの曲によく合うが、やっぱり上手いな、と思う。
Forever Friends 竹内まりや
クラシカルな60年代アレンジの曲のあとに、山下達郎コーラス&プロデュースの竹内まりやの曲はマッチする。「いつまでも友だち」というフレーズと曲調から、最後にビートルズの"With a Little Help from My Friends"につなげてフィニッシュするが、ビートルズっぽいのはサビの前あたりのドラムがちょっとリンゴっぽいとかで、間奏のハーモニカ・ソロ後のアカペラになるあたりのパーカッションの使い方とかはいつも通りビーチ・ボーイズっぽい気もする。こういう素朴な曲って、もう希少種ですね・・・。
Norwegian Wood The Beatles
この曲のいいところは、インドの民族楽器シタールを導入しつつ、タイトルは「ノルウェイの森」で、インドっぽくなっていないところだろう(同じ頃のジョージ・ハリスンのシタール曲がインドそのものなのとは対照的だ)。カレーが日本食になったようなもので、耳に残る持続音(ドローン)を絶妙なスパイスにして、ジョン・レノンとしてはボブ・ディランでもフォークでもなく、それまでのビートルズ・サウンドとも違う、本当の意味で新曲ができた瞬間だったのかもしれない。
ロクデナシ / ロクデナシⅡ (ギター弾きに部屋は無し) The BLUE HEARTS
「ロック詩人」という言葉があり、そう呼ばれるミュージシャンがいる。ここからは、音楽としてももちろんよいが、言葉に共感したり、自己を投影できるようなタイプのメッセージ性のあるものを選んでみた。
最初にあまりにベタなバンド選びであるが、曲はこちらにした。ブルーハーツで最もメッセージ性があるのは「弱い者たちが夕暮れ、さらに弱い者をたたく」で、これを詩的に絶妙に刺さるようにしているのは間に「夕暮れ」という言葉が入っているからだと思う。
この歌詞は「TRAIN-TRAIN」にあるが、一般的には「見えない自由が欲しくて、見えない銃を撃ちまくる」のほうが圧倒的に有名だろう。だが、上の漫画における引用のように、なんだかわからないけど共感を呼ぶ言葉で、そうとしか言いようのない瞬間が人生には確かにある。
さて「ロクデナシ」の場合は、そんなにシリアスではなく、どちらかというとお笑い的に上手い表現がある。
どこかの偉い人 テレビでしゃべってる
「今の若い人には 個性がなさすぎる」
僕らはそれを見て 一同大笑い
個性があればあるで 押さえつけるくせに
歌詞だけにしても見事だが、これはギター・ロックのリズムがあってこそ、と最近思っている。昨今のBPMの速い曲に比べると間延びしたようなエイト・ビートで前半部分は8小節、オチと時代を超えたメッセージを提示する後半が同じく8小節、そしてこれはサビではない。ちなみにこれはⅡの方である。
役立たずと罵られて 最低と人に言われて
要領よく演技できず 愛想笑いも作れない
死んじまえと罵られて このバカと人に言われて
上手い具合に世の中と やっていくこともできない
このフレーズで始まるのがサブタイトルなしの「ロクデナシ」。こちらはUKのパンクロック・バンド、ギャング・オブ・フォーのようなソリッドなギターのキメから入って前半部分の歌詞をのせるが、基本構造は変わらずで、後半部分からはストレートな8ビートに乗せて歌われる、、と思うとけっこうリズム・パターンが変わり、やっぱりバンド演奏あってこその歌詞であって、甲本ヒロトの歌唱あってこそのメッセージだ。
お前なんかどっちにしろ いてもいなくてもおんなじ
そんなことをいう世界なら 僕はケリを入れてやるよ
痛みは初めのうちだけ 慣れてしまえば大丈夫
そんなこと言えるアナタは ヒットラーにもなれるだろう
全てのボクのような ロクデナシのために
この星はグルグルと回る
今の会社に来てそろそろ2年経ち、本社の中の本社に異動して1年経つが、東大院卒当たり前の環境で働く僕は、本来ならろくでなし側の人間だ。
誰かのサイズに合わせて 自分を変えることはない
自分を殺すことはない ありのままでいいじゃないか
マシンガンをぶっ放せ / 名もなき詩 Mr. Children
どんなものにも経年劣化や倦怠期、流行り廃りがあるように、ミスチルにも減退期がある。たぶん歌詞や歌い方が、今の若い人には少し気持ち悪く、上手いと思われないせいだと思う。
こちらの2曲、特に後者はセールス的に代表曲だが、その少し気持ち悪い歌詞の中に、捨て難いメッセージがある。
知らぬ間に築いてた
自分らしさの檻の中で
もがいているなら
僕だってそうなんだ
「自分らしさ」とはまさにブルー・ハーツのような生き方とも言えるが、それに囚われてしまうとそれがかえって自分の首を締めたり、せっかく手に入れたものを失うことになりかねない。これはその自制のための歌だ。
街の風に吹かれて
歌いながら妙なプライドは
捨ててしまえばいい
そこから始まるさ
解決策はいっそあきらめてしまう、というのはありだ。なぜならどんなに上手くやったとして、それが最善とは限らないし、評価されるわけでもない。デビュー初期から女性人気の高かった桜井和寿が、やや字余り的な歌詞や男臭い方向に走りはじめたあたりの「マシンガンをぶっ放せ」には、サブタイなしのロクデナシのように変化をつけたロックのリズムで、「触らなくたって神は祟る」と歌う。Amを基調にしつつアレンジとコードはどことなくおしゃれで、この辺はミスチルというか小林武史らしいアレンジだ。
GLAMOROUS SKY 中島美嘉
結局のところ、音楽は歌詞よりも曲そのものに惹かれることが改めてわかったが、ダサい歌詞があっても他が良ければ大丈夫な例がこのNANAのテーマ・ソングだろう。「稲妻Tuesday」は勢いでやってしまったのかもしれないが、U2っぽい間奏のギター前の「眠れないよ」のシャウトとか、
繰り返す日々に 何の意味があるの?
明け渡した愛に 何の価値もないの?
といったフレーズはそのまま矢沢あいの漫画のポエムのようで、何より共感度と再現性の高い実写化を実現させた中島美嘉(と宮崎あおい)の歌唱力によるところが大きい。
My Way Sid Vicious
NANAの作中でも初期から堂々と言及され、ヒーロー役のレンのキャラ設定やストーリーの行く末を暗示させたモデルがセックス・ピストルズのシド・ヴィシャス。悪ふざけと表裏一体のカリスマ性と過激なパフォーマンスは確かに人生としては長生きできる感じではなかったのだが、パンク・ロックのファッションやアティテュードが最も強く感じるのはやっぱりピストルズで、プレスリーの晩年のヒット曲をイージー・リスニングとは対極にカヴァーしたのが「マイ・ウェイ」だ。
プレスリー版自体、ポール・アンカ作フランク・シナトラへの提供曲のカヴァーだが、ロックンロールの創始者がスタート地点から離れたのに対し、シド・ヴィシャスはブレずに徹底している。だから最高にパッションのある悪ふざけは歓声を悲鳴に、狂気を芸術に変える。どこかでこういうことをやってみたい、または一瞬やってしまうかもしれないと思わせるパフォーマンスだ。
TEARS X JAPAN
選挙用の曲に落選をイメージさせる「涙」は駄目という理由で小泉純一郎は"Forever Love"を使ったそうだが、おかげでこの壮大な曲は守られたともいえる。
本当はこちらを使いたい、と思わせていただけあり、また、Xのメンバーが最も好きな曲に挙げるといわれるだけあって、YOSHIKI作のピアノ・バラードでも屈指の作品だ。その後のヴィジュアル&時代が時代的にインパクトの強すぎたToshiのアゴと洗脳騒動でX=YOSHIKIみたいな活動になったが、この曲に関してはとりわけToshiの高音ヴォーカルあってこその名曲という感じがする。一番優秀な人を上から集めるより、一つのバンド内の化学反応に凄いものが生まれるのは音楽に限らず、だ。
Diggin' on You (Live) TLC
ライブ盤というより、公式MVがラスベガス公演のパフォーマンスを使っているのでこのVer.です。オリジナル通りでも悪くないですが、TLCはその佇まいとファッション、ダンスに魅力があり、生のホーン・サウンドやファンとの距離感を含めてこちらが断然いい。
1:13からの振りとか衣装がまさにTLCって感じで、10代への影響がすごい強い感じですが、メンバーはすでに20代半ばくらいになっているので、大人っぽさが自然に出ているのはそのため。ヒップホップやR&Bのイメージを変えて、新しいフォーマットを作ったという面において、TLCと『CrazySexyCool』の完成度は抜群だ。
It Ain't Hard to Tell NAS
NASのデビュー・アルバムのラストに配されたトラックで、プロデュースはLarge Professor。サンプルにマイケル・ジャクソンの"Human Nature"を使っているが、ハードロック・バンドMountainの"Long Red"ライヴ盤からのYeah!というシャウト、クール&ザ・ギャングのHipHopネタ定番曲"N.T."からホーンをサンプルして、ビートは落としてベースは太く、というこの時代らしい匠の技が施されている。僕は好きな映像や作品は繰り返しじっくり見たり、そもそもボカロのようなテンポアップした曲が嫌いなので、これを旧Twitter現Xで見たとき、Q-Tip作の曲かと勘違いしつつ、テンポを敢えて落とすダイナミクスは改めていいと思った。
THA CHAMP IS HERE https://t.co/b6687Lw0h6
— KENTA aka Lil’K (@KENTAG2S) 2024年4月21日