お仕事でマンションの情報を確認中
「あれ?この名前は、確か…」
フランス語で「うさぎ小屋」と言う名前のマンションを発見しました。
一気におフランスへ~
フランスの「うさぎ小屋」は
モンマルトルのサクレクール寺院のちょっと下あたりにあって
驚く程小さな、昔ながらのシャンソニエ。
行ったのは、初めてParisに行った20代の頃でした。
確か寒い1月か2月でした。
その頃は英語は分かってるのに
分からないふりのフランス人がいっぱいで、
レストランでも嫌な思いもしましたが
生牡蠣にかけるソースが本当に美味しくて
牡蠣ばかり食べていました。
地下鉄に乗って、ひたすら歩き回っても全く疲れないほど
見るもの聞くもの全てが新鮮だった頃の事です。
あの旅をきっかけにブランド物に興味がなくなりました。
ルイヴィトンもエルメスもシャネルも
今よりずっと小さなお店だった頃
日本人とフランス人の入り口は違う所にありました。
ある夜、オペラ座がはねた時間にオペラ座の前を通った時に
迎えの車を探す全身シャネルの美しい人に出逢いました。
優雅な身のこなしがシャネルのお洋服を一層引き立てていて
「これは無理やわ…」と思ったのもそのきっかけでした。
数年前にルイヴィトンがシャンゼリゼ通りに大きなビルまで立てたのを見た時には
「日本人が建ててあげたんじゃないの?」と苦笑したほどです。
食の面からもその国を知りたいと思うので
昔Parisにはほとんどなくて
あっても驚くほど美味しくなかった日本食レストランでしたが
数年前には沢山出来ていました。
イタリアとは少し違うParisのきつめのオリーブオイルに胃もたれ気味の私は
Paris通のヴァンテーヌ静ちゃんに聞いていた
夜中までParisの地元の人で賑わっている日本食レストランに面白がって行ってみました。
胃もたれしてるくせに
隣のパリジャンのカツ丼に目を奪われ注文。
びっくりする程大きくて美味しいじゃありませんか!
その時は夏だったので、汗をふきふき懐かしの日本食に舌鼓を打ちました。
街をプラプラする時はスーパーのレジ袋みたいなものをぶら下げて出かける私
(勿論、ちゃんとした所へ出かかる時はちゃんとしますよ!)
帰りには夜中まで空いているスーパーに寄って物色。
フランスは紙が高いので
現地の人はトイレットペーパーをとても大切にケチケチ使います。
なのでスーパーへ行って毎晩の様にトイレットペーパーをいろいろ物色。
その時もいろんな種類のトイレットペーパーを買って
スーツケースはトイレットペーパーでパンパンに…
チープなものからすごーく高級なフワフワの物までたんまり。
中でもブルーのレーシーな高級なものは
長い間私のコレクションとして
女王の様にトイレに存在していました。
いつもスーパーのレジ袋でプラプラしてる私はよく日本人に声をかけられます。
そしてその方達の質問に大概答えられました。
いっぱしのパリジェンヌ気取り。
ちょっと歳のいったパリジェンヌは
ある日セーヌ河に浮かぶ人の姿を見つけました。
「もしかして人???」と驚いていたら、水上警察みたいなのがやってきて
人だかりも出来てきました。
ふと気がつくとC国の若い女の子が2人バシャバシャと写真を撮り始めました。
その態度に段々と腹がたってきたので
日本語で一喝!
なぜかいつも怒るときは日本語。
どこへ行っても日本語。
(前にも書いたかな?)
その後、火災現場にも遭遇し
Parisの消防の活躍の現場を見せてもらったり。
何かしらの事件に遭遇しつつも
美しい街並とそこに住む人の営みを垣間見て
「この街に産まれてたらどうなってたのだろう」と想像していました。
想像力をかりたれられるのは
夜のサクレクール寺院からみるParis。
凱旋門の上まで登ってみる放射状の道。
街角のカフェから眺める人々。
夜のレストラン。
アイフルタワーの横の回転木馬。
セーヌの流れ。
美しい橋たち。
オルセーの名画の前の椅子。
ノートルダムの裏庭のバラ園。
16区のそぞろ歩き。
下町の異邦人。
佇む娼婦。
と、書き出したらきりがないほど。
なんて事を一気に思い出してしまった
6月最後の夜のこと。