本日は私の敬愛する椎名林檎女史の34回目の誕生日でした。
出会いは中学1年生の時、丁度事変2期が活動始めた時くらいかな?
美術の先生から教えてもらって、始めて聴いた「浴室」が頭から離れなくなって早6年。
現在ワタクシ立派な林檎班会員で御座います。
今日は少しだけ、彼女のことを。
彼女は1995年、シングル「幸福論/すべりだい」でデビュー。若干18歳。
僕は結局、この一枚に彼女の才能が詰まっていると思うんです。
このシングルは音楽業界にダイアモンドの原石をぶち込んだ1枚であり、激しいキャラ作りをしていた彼女の素顔がかいま見える1枚なんです。そこが、たまらなく好きで。笑
今人並みに音楽を作るようになって、そして同い年になって聴いて初めて思ったのですが、彼女は一体どんな目で世界を見ていたのだろう。
幸福論の、あの自然と流れるメロディ・ライン。18歳のリアルな哲学を描いた歌詞も、どちらも、素晴らしい。音楽プロデューサーが数年ぶりにデモテープを何回も繰り返し聴いた、というほど。
しかし女史自身は幸福論ではなく、すべりだいで初シングルを飾りたかったようです。(曲調でカップリングに回されたみたいだけど。)
♪あなたが8度7分の声を使う時は、必ず私に後ろめたいことがある時~
という歌詞から始まるこの曲は、恋仲の男性との関係が一瞬にして崩れ去る思春期特有の恋を描いた作品。砂が指の間からこぼれ落ちるような、そんな初期林檎節炸裂の一曲です。
諸行無常な感じが椎名林檎っぽいですね。
これからも頑張って欲しいですね。
34歳、おめでとうございます。
以上。
ブログというものを書き慣れていないもので、いまいち要領がわからないのだけど、頑張ろうと思う。
僕は今、入院している。
病院というのは、色々な人がいますね。
そして、僕の病室には僕を含めて5人の病人がいます。
今回は、彼らと生活して思ったお話。
僕は恥ずかしながら、読書中や食事中に痰の吸い取りや、便の処理などをされることに、たまらなく不快に感じていました。両隣の人が、そういう患者さんなんです。
正直に言って、誰だって印象は良くないんじゃないかな。
そう思っていた今日の昼食時に、彼らの会話に耳に飛び込んできた。
彼らは「大丈夫ですか?できる?」と優しく声をかけ、進んで彼らの手助けをしているではないか。
彼らの仕事なので、当たり前なのだろうが、私は大きな衝撃を受けた。
「世の中には、人に生活の手助けをしてもらわなければ生きられない人がいる」
僕はずっと貧困や、生来環境によって縛られている人にフォーカスをし過ぎていて、当たり前のことを忘れていたんです。
ショックでした。
そんな出来事があったので、午後、彼らの人生や病状について考えていると、僕の経験に突き当たりました。
--------
僕には10年間の闘病の末亡くなった祖母がいた。
乳がんから転移を重ね、脳腫瘍になり、意識はあるが、話せない動けないという状態で、僕が忘れていただけで、彼女もそういうお世話に頼っていた一人だった。
思い返せば、彼女はそういったお世話を受けるたびに、「申し訳ない、自分はダメだ、死にたい」と呟いていて、そして、この世を去りました。
---------
残念ながら彼女の死に目には立ち会えなかったのですが、今になって僕は彼女が死に際何を思って死んだのかが気になっています。
言葉の通り死にたいと思ったのか、僕ら家族の事など幸せな日々を思い出していたのか。
あたりまえだが、僕にはわからない。
人は、死ぬまで、自分が弱っていく過程を経験した後、どんなことを思い、最期の瞬間にはどんなことを思うのだろうか。
この世でそれを知っている人は、全くいないか、ごく少数だろう。
でも、できるなら、幸せなことを思って欲しいよね。(僕もね)
こども達にも、希望と笑顔を持って欲しいよね。
僕は、この6階病棟の笑顔を少しでも増やしたい。
~そのために自分ができそうで、有効そうなものを考えてみた~
・共有ルームで他の患者さんとお話をする。
・地下の売店でトランプを買ってマジックをやってみる。
・トランプでゲームをする。
・患者さんの似顔絵を描いてみる。
そんなことを考えながら、寝ます。
病院というのは、色々な人がいますね。
そして、僕の病室には僕を含めて5人の病人がいます。
今回は、彼らと生活して思ったお話。
僕は恥ずかしながら、読書中や食事中に痰の吸い取りや、便の処理などをされることに、たまらなく不快に感じていました。両隣の人が、そういう患者さんなんです。
正直に言って、誰だって印象は良くないんじゃないかな。
そう思っていた今日の昼食時に、彼らの会話に耳に飛び込んできた。
彼らは「大丈夫ですか?できる?」と優しく声をかけ、進んで彼らの手助けをしているではないか。
彼らの仕事なので、当たり前なのだろうが、私は大きな衝撃を受けた。
「世の中には、人に生活の手助けをしてもらわなければ生きられない人がいる」
僕はずっと貧困や、生来環境によって縛られている人にフォーカスをし過ぎていて、当たり前のことを忘れていたんです。
ショックでした。
そんな出来事があったので、午後、彼らの人生や病状について考えていると、僕の経験に突き当たりました。
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僕には10年間の闘病の末亡くなった祖母がいた。
乳がんから転移を重ね、脳腫瘍になり、意識はあるが、話せない動けないという状態で、僕が忘れていただけで、彼女もそういうお世話に頼っていた一人だった。
思い返せば、彼女はそういったお世話を受けるたびに、「申し訳ない、自分はダメだ、死にたい」と呟いていて、そして、この世を去りました。
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残念ながら彼女の死に目には立ち会えなかったのですが、今になって僕は彼女が死に際何を思って死んだのかが気になっています。
言葉の通り死にたいと思ったのか、僕ら家族の事など幸せな日々を思い出していたのか。
あたりまえだが、僕にはわからない。
人は、死ぬまで、自分が弱っていく過程を経験した後、どんなことを思い、最期の瞬間にはどんなことを思うのだろうか。
この世でそれを知っている人は、全くいないか、ごく少数だろう。
でも、できるなら、幸せなことを思って欲しいよね。(僕もね)
こども達にも、希望と笑顔を持って欲しいよね。
僕は、この6階病棟の笑顔を少しでも増やしたい。
~そのために自分ができそうで、有効そうなものを考えてみた~
・共有ルームで他の患者さんとお話をする。
・地下の売店でトランプを買ってマジックをやってみる。
・トランプでゲームをする。
・患者さんの似顔絵を描いてみる。
そんなことを考えながら、寝ます。
ブログリニューアルしました。
自己発信をしていけたら、と思います。
2日に一回は更新していきたいね。
今日は、もう寝ます。
自己発信をしていけたら、と思います。
2日に一回は更新していきたいね。
今日は、もう寝ます。
