whisper -2ページ目

聖フランチェスコの祈り



聖フランチェスコの祈り

私をあなたの平和の道具としてください

憎しみのあるところには愛を
諍いのあるところには許しを
分裂のあるところには一致を
疑いのあるところに信仰を
誤っているところに真理を
絶望のあるところに希望を
闇に光を
悲しみのあるところに喜びを
もたらす者としてください

慰められるよりは慰めることを
理解されるよりは理解することを
愛されるよりは愛することを
私が求めますように
私たちは与えるから受け
許すから許され
自分を捨てて死に
永遠の命を頂くのですから

Prayer of St. Francis

Lord,make me an instrument of thy peace. Where there is hatred,let me sow love; Where there is injury,Padon; Where there is doubt,faith; Where there is despair,hope; Where there is darkness,light; And where there is sadness,joy, O,Divine Master,grant that l may not so much Seek to be consoled as to console; To be understood as to understand; To be loved as to love; For it is in living that we receive. lt is in pardoning that we are pardoned, And it in dying that we are born to eternal life.




この文面をたまたま本屋で目にして、
記憶にあったのでなんだったかな...?と思ってたんですが思い出しました。

マザーテレサの生涯を描いた映画のラストシーンで語られる祈りの言葉でした。

これはネットで検索したもの。
この文面を載せてくれていた方も書かれていたんですが、
あたしもクリスチャンではありません。
でも、この文章は素敵だと思います。
宗教がどうとかじゃなくて、一人の人間として。
例えば、愛する人を理解できるように。
とか。ね。

言ってしまえば理想。
でも、その理想を意識しているだけでもなにかが違ってくるかな?と思う。

まぁたぶんね、時期的なものもあるよね。
広島で生まれ育ったものとして、
この時期に平和の祈りは身近に感じる。
例えば、灯籠流しとか。さ。

祈りがなんになるのか?
と問われたら
わからない。と答える。

でも、祈ることはできる。
なにもできないけど、こうしてblogを書いたりとかね。
それで、誰かの目に触れたら。
それで、祈る人が増えるだけでも。
この世界のほんの一欠片のなにかが変わるも知れない。
と。

2013/05/04

3.11

被災地の人に忘れるななんて言えない。
薄れていくことで笑えることもある。
苦しみならなおさら。

でも、あたしたちは被害にあっていないからこそ忘れちゃいけないし、忘れたくないと思う。

大切な人をなくした人達を
大切な場所を失った人達を

本当に小さくて、頼りない力かもしれないけれど、
どこかで少しは役に立っていることを信じて

何もなかった場所にもいつかは花が咲く。

遠い未来よりも、今だとはおもう。

かといって、気持ちだけで動く日はもう過
ぎているから。

出来ることをひとつずつ。
地道に。

いつか、笑顔の花が咲く日まで。





Android携帯からの投稿