ジョジョの忠義な哲学ッッ!

ジョジョの忠義な哲学ッッ!

ジョサイア・ロイスの名著『忠義の哲学』(Philosophy of Loyality / Josiah Royce)の「ジョジョ」訳を連載中です!
人類に平和をもたらす「忠義」について、『ジョジョの奇妙な冒険』との合わせ技で楽しく解説します。


テーマ:

『海山物語』

(ラドヤード・キプリング著 マクミラン発行 1923年初版 1951年再編集版)

底本 Land and Sea Tales for Scouts and Guides
by Rudyard Kipling  MACMILLAN AND CO.,LIMITED  1951
(First Edition November 1923)

 

第3話

「青二才」 その2

 

訳者より

19世紀、インドのガンジス川の支流、フーグリー川で水先人を目指す少年の物語です。原題は「An Unquolified Pilot」。ブログで読みやすいように、適宜改行を加えています。

 

少年の名はジム・トレヴァー。父親はベテランの水先人ながら、息子であるジムには進学して官僚になってもらいたいと思っています。ジムはそれに反発し、あくまで水先人を目指すつもりですが……)

 

 

もしジムが勉強から逃げて川へ行くことをしなかったとしても、大きくて立派な港湾事務所は変わらず水深を測り、図面をこしらえていただろうし、ジムが長椅子に寝そべってフーグリー川についての談義に静かに耳を傾ける水先人部屋もそのままだったろう。

 

そこには図書館もあって、金を払えば、航路図や教則本を手に入れられる。実際に浅瀬を自分の蒸気船で越えなければならなくなった時に備えられるのだ。

 

ジムにとって、歴代のユダヤ王を暗記するのは極めて難しいことだったし、本を音読するにも動詞の語尾の音がまったくあやふやだった。

 

だが、彼は3本の水路の水深をはっきり覚えていられたし、さらに驚くべきことに、「ガーデン・リーチ」からサーガルまでの浮標の変更も、また同じく唯一読んでいるカルカッタ・テレグラフ紙も大概、頭に入れていたのである。

 

残念ながら、金がなくてはフーグリー川を熟知することはできない。たとえこの川で最も高名な水先人の息子であってでも、である。トレヴァー氏は息子がどう過ごしているかを知るや否や、それまでジムにたっぷり与えていた小遣いを切り下げた。

 

困ったジムはペドロに相談したのだが、船員宿にいるこの黒肌の混血人、ペドロは悪党でずる賢い男であった。彼はジムを、ガラの悪いムチュアトラ街に住むチャイナ人に引きあわせた。

 

そいつはエル・ツェと呼ばれる男で、その時はアヘンを吸っておらず、ジムに1時間に渡ってピジン英語で商売の話をした。その商売は何から何まで徹頭徹尾、法に触れかねないものだったが、ジムの興味を引いた。

 

 

「まあ考えてみねえ。できるだろ?」最後にエル・ツェは言った。

 

ジムはこの話をよく考えてみた。

チャイナのジャンク(平底船)は確か喫水およそ11フィート。

サンドヘッドまでなら、一人前の水先人の手取りは200ルピーが相場だろう。

まず、おれはそうじゃないから、半額以上もらうのは難しいかもしれない。

だけど、水先案内のことは父さんを見てさんざ頭に叩き込んだんだから、絶対に自信がある。

免許がなくても、だ。港湾委員会が僕をどうするかなんて知ったことか。

 

そういうわけで、ジムは175ルピーを提示した。エル・ツェはそれを120まで値切った。

 

ジャンク船の航海の様子↓

 

このジャンクには7万から15万ルピー相当の積荷があったが、その中には3、40人のチャイナ人の棺があり、エル・ツェはこれで莫大な運賃を得ていた。棺を彼らの故郷まで運んで、埋葬するのである。

 

裕福なチャイナ人はこの船便に法外な金を払う。彼らは、蒸気船の鉄が死者の魂の安らぎに悪い影響を与えると信じ込んでいるのだ。

 

エル・ツェのジャンクはシンガポールからペナン、ラングーンを経てカルカッタまでやって来たのだが、ここで彼は水先案内の料金に仰天したのである。今回、彼はペドロが言い続けていたように、水先人として申し分なく、うんと安上がりのジムを使うことで節約する気なのだ。

 

 

ジムはジャンクのことはある程度知っていたが、その夜、自分の水路図を持って現場に来た時、覚悟がぐらついた。積荷とクーリー(人夫/作業員)と棺桶と調理中の蒸し鍋、その他諸々が甲板上にあふれかえっていたせいである。

 

ジムはジャンクの舵が水面下深くまで伸ばしてあることを知っていたので、それを数フィート引き上げておくべきことはわかっていた。さらに、エル・ツェの見積もったジャンクの喫水に1フィート余裕を持たせておいた。

 

そうして朝かなり早くに、彼らのジャンクはゆらゆらと流れの中へ進み入った。ジムの生まれた街はとても美しく見え、彼はこれを見に戻って来られないのではないかと思ったが、他の連中は一顧だにしない。

 

「ガーデン・リーチ」を進んでいるところでジムは、舵を大きく切らなければジャンクがうまく方向転換しないこと、そしてチャイナ船とはいえ、きちんと航行できることに気づいた。

 

そこで彼は、舵柄の両側にチャイナ人を3人ずつ立たせて、舵取りをさせることにした。手漕ぎ船の漕ぎ手のように、左に3人、右に3人、ジムは彼らの弁髪をそれぞれまとめて持ち、少し前に立つ。

 

弁髪↓

 

エル・ツェはいい買い物をしたものだと、危うく笑みをこぼすところだった。そして舵取りの連中にピジン英語で指導する時間がないと言って、エル・ツェは彼らが気を抜かぬよう、少々つやのある竹の棒を手に取った。

 

進めば進むほど、ジャンクの舵取りはうまくいくようになり、エル・ツェがちょっと船に自信を持ったところですぐ、ジムはバサつく帆をもっとしっかり張るよう、このしみったれ男に言った。

 

ジムは船員たちの名を、少なくともチャイナ人と思しき名前は知らなかった。だが、エル・ツェの方はこれまでの人生、無駄にマレーの多島海を荒らし回ってきたわけではない。彼は竹棒で船を進め、東洋の魔術のように事は運ぶ。

 

 

川の上での早朝、彼らの前に現れたのは、曳航されゆくアメリカの大きな石油(当時は灯油と呼んでいたが)タンカーだった。

 

立ち上る霧の中、ジムはそれを見て、ありがたいと思った。タンカーの喫水は優に十七フィート、すなわちその後にジャンクをつけて進めば安全だろう、というわけだ。

 

クセの強いジャンクを調教して自力で「ジェームズとメアリー」を越えるのは、生きて出られるにしても悪戦苦闘は確実。それよりも誰か他人が舵を取る船のコースに便乗して、さっさと行く方が簡単だ。

 

ジムがアメリカ船から目を離さないでいると、フルターでそいつはタグボートを外し、帆を揚げて川を下り始めた。ジムは危うく叫び声をあげるところだった。彼は知っていた。好んで「ジェームズとメアリー」の上を航行させる水先人はごく限られていることを。

 

「父さんじゃなけりゃあ、ディアズリーだ」とジムは言った。

「だけどディアズリーは昨日バンクーラ号で下ったところだから、やっぱり父さんだ。

昨日の夜、僕がペドロのところへ行かずに家に帰っていたら、父さんに会っていただろう。

父さんの乗る船は早くに決まってたはず――いや、早く決めるのは父さんの方か。」

 

ふとジムは、彼らが水先艇に結び目のあるロープを1つ置いていたことを思い、ハチに刺されたような気分になった。だが、ジムはこの考えを振り捨てた。誇りある水先人が仕事中になすべきは、しかるべくうなずいてエル・ツェの竹棒を働かせることのみだ。

 

アメリカ船がフルターの瀬の手前まで来たところで、ジムは小望遠鏡でそれを隈なく観察し、船尾に父を発見した。火のついていない葉巻をくわえている。

 

ジムは知っていた。「ジェームズとメアリー」を越えたら、父さんは葉巻を喫むんだ。ジムはすっかり安心してうれしくなり、自分の葉巻に火をつけた。

 

こうなったらお茶の子さいさいだ。

やるとなったら、父さんは失敗しっこない。

 

そして、両の手に6人の弁髪を握ったジムは、くつろいで父の完璧な操船を眺めていた。

 

「今日はやめとくよ、またな」と言わんばかりに、隠れた浅瀬もお見通しでやり過ごし、「いつでも貴方は紳士ですな」と浮標にご挨拶。船尾の旗や帆布をゆったりとはためかせて危険な箇所を鋭く回り込む様は、オペラグラスで舞台全体を見回す貴婦人のよう。

 

 

そんなアメリカ船に、ジャンクを寄せて行くのは骨が折れる作業だった。エル・ツェが手段を尽くして準備を調え、できるだけ寛大に竹棒で指図していても、である。

 

アメリカ船の船尾下に近づいた時には、ジムは帆の後ろに隠れて自らの知る幾千もの船や水先案内のことを思い、暖かく幸せな気分になった。半マイル以上離れてしまった時には、ぞっとしてみじめな気分。考えることは自分の知らない、あるいは確信の持てない幾万の事柄だ。

 

そんな調子でジャンクは進む。ジムは父親のやるとおり舵を取って右左、マヤプールの砂洲を越え、手旗信号が浅瀬の水深を一々正確に知らせてくれるのを確認しつつ、「ウェスタン・ガット」を通り抜け、「マコアプティ・ランプス」を迂回し、20もの難所をやり過ごした。どれも最後の1つに比べたら、ずっと危険で面白いものだった。

 

その最後の箇所も過ぎて、「ジェームズとメアリー」を後にしてしまうと、ジムはまったくふざけて6本の弁髪を引っ張るところだった。さあ、ダイヤモンド・ハーバーが近づいてくる。

 

 

ここからフーグリー川の河口までは大したことない―― 少なくとも、ジムはそう考えてそのまま進んだ。

 

だがそれも、ベンガル湾からの大波が襲い掛かって来るまでのこと。古ぼけたジャンクは大きく揺れて軋んだ。川は内海に向かって広がり、海抜1、2フィートばかりの島々が点在している。

 

ケジャリーを通過するとすぐ、アメリカ船はジャンクから離れて行った。夜が訪れ、川はなお大きく、さびしく見えた。

 

そこでジムはサーガル灯台の東の辺りで、灰色の水に錨を下ろした。彼は最後の1ヤードまでフーグリー川を大いに畏れていたし、ガスパー砂洲だとか他の小さな浅瀬に乗り上げるなんて真っ平御免だった。

 

そういうジムの船員気質を、エル・ツェや乗組員は高く買ってくれている。ジャンク船は見張りも立てず、灯りも点けず、すぐに眠りに落ちていった。

 

(続く)

 

(訳者より

チャイナの商人エル・ツェというのが出て来ますが、本国(当時は清)からインドまではるばるジャンク船で商売に来ているというのはなかなか興味深いですね。しかもメインの積荷は死骸入りの棺桶……商魂たくましい。チャイナ人は、繰り返される王朝交代とそれに伴う虐殺や戦乱で国家意識が薄く、代わりに血族・縁故を重視してビジネスに長ける……ナショナリズムよりグローバリズム向きと聞きますが、エル・ツェもそんな感じだと思います。同胞のクーリー(人夫/作業員)への態度もあまり温かいものではないようで、ジムが彼らの弁髪をつかんで舵取りをさせるのを喜んで見ているくらいですから……。

まあ、当時のクーリー(苦力)というのは奴隷労働者ですので、この物語での扱いも普通のものだったのでしょうが、現代の眼から見ると、「ちょっとひどくない?」と思ってしまいますね。

 

ともあれ、次回で「青二才」は最終回となります。お楽しみに!)

 

最新記事は「進撃の庶民」様へ寄稿しております。(隔週土曜日連載です)

 

(※)進撃の庶民では、コラム執筆者を募集しています。

連載でなくとも、単発のご投稿も歓迎しています。

ご興味のある方は、進撃の庶民のコメント欄か、進撃の庶民のメッセージにご連絡くださいますようお願いします。

http://profile.ameba.jp/shingekinosyomin/

 

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス