ジョジョの忠義な哲学ッッ!

ジョジョの忠義な哲学ッッ!

ジョサイア・ロイスの名著『忠義の哲学』(Philosophy of Loyality / Josiah Royce)の「ジョジョ」訳を連載中です!
人類に平和をもたらす「忠義」について、『ジョジョの奇妙な冒険』との合わせ技で楽しく解説します。


テーマ:

『海山物語』

(ラドヤード・キプリング著 マクミラン発行 1923年初版 1951年再編集版)

底本 Land and Sea Tales for Scouts and Guides
by Rudyard Kipling  MACMILLAN AND CO.,LIMITED  1951
(First Edition November 1923)

 

第4話

「贈り物」 その4

 

(訳者より

前回までのあらすじ~

20世紀初め、ボーイスカウト「ペリカン隊」のキャンプにて。

何をやっても人並み以下、落ちこぼれの少年隊員「うっかり」ウィリアム・グラス・ソーヤーは例年のように、先輩格の「エビ」さんの厳しい監督を受けていました。

ところが今回、そんな状況に嫌気がさしたウィリアムは一念発起して料理に挑戦、ベーコンエッグを見事に作って自信をつけます。

その様子を伝え聞いて驚いたヘイル隊長は、料理の指導をしてくれたマーシュ氏の経営する雑貨店を訪れるのでした。

 

 

翌朝、ヘイル隊長はマーシュ氏の店を訪れ、キャンプに興味を示してくれたことに礼を言った。街道行進用の固いパンをたくさん買いつつ、もし都合がつくならだが、料理についてマーシュ氏のお話をうかがえれば、ペリカン隊にとってそれに優る喜びはない、というようなことを言った。

 

「まったくだ」とマーシュ氏は言った。

 

「わしの話は聞く価値があるわい。

うむ!うむ! 今晩、お邪魔するとしよう。

で、そうだな、余りものをいくらか持っていこう。

少年グラス・ホームズをよこしてくれ。運ぶのを手伝ってもらうからな。

あの子の胃腸は正しい位置にある。どんな子だか知っておるかね?」

 

ヘイル隊長はよく知っていたが、全部は話さなかった。隊長は、ウィリアムがマーシュ氏を手伝うには街道行進を欠席する必要があり、本人にきいてみなければならないということを伝えた。

 

「街道行進!」

ぞっとした様子でマーシュ氏は言った。

 

「おお! 最悪の足の使い方だわい、歩き続けるなんてのは。

足の指が腫れ上がっちまう! 

おまけにあの子は行進向きの体格じゃあない。

体のつくりから、生まれついてのコックだよ。

走るには重いし、肌は脂っぽい。幅が広過ぎるし、腕も短い。

 

だが、いいかね、足取りは軽いんだ。

それがコックにとって与えらるべきところなんだ。

本当にやせっぽちで、優れたコックなんて聞いたことあるか? ないだろう。わしもない。

わしは、自称コックって連中をごまんと知っとるがね」

 

ヘイル隊長はコックの博物学を学んでおけばよかったと思い、その日早くにウィリアムを送り出した。

 

 

その夕べ、マーシュ氏はペリカン隊に一時間の講話をした。

しゃべっている間中、傍らの焚火に掛けたナベから「ロブスカウス」というシチュー(彼が言うには、「サルマガンディ」と混同してはならない)、ベーコン・チーズ・タマネギの目を見張るようなミックス焼きをたっぷり振る舞い、さらに燃えがらから「ダンパー」という素敵なホットケーキを取り出した。

 

18世紀風のロブスカウスの作り方……ほぼ「肉じゃが」です。ここでは砕いた超・固焼きビスケットを入れてますが。

 

 

そしてペリカン隊のみんなが食べている間、彼らを楽しく笑わせたり、大海原と世界中の話で息を飲ませたりする。そんなわけでペリカン隊からのお礼の挨拶は、公園中の牛たちを目覚めさせるほど元気なものになった。

 

だがウィリアムは座ったまま、見ることに集中していた。ナベとフライパンの間を行き交うマーシュ氏の魔法に合わせて、手を動かしていた。

 

「グラス」の名が何を意味するか、彼はもう知っていた。マーシュ氏の店の裏手で、1時間かけて茶色い革装本を読んだからだ。西暦1767年出版、タイトルは『女性が書いた、平易で簡単な料理の技術』。その女性の名は、第一章の最初に影印されていた署名によれば、「H.グラス」だった。

 

ウィリアムは(あるいはマーシュ氏も)残念ではあったが、その時点で彼女が自分の直接の先祖でないと納得したわけではなかった。とにかく、形だけでも叔父に確認してみるつもりだった。

 

 

「エビ」さんは、自分の料理の考え方について、マーシュ氏が言及しなくて本当によかったと思っていた。その彼がウィリアムに、この講義と実演をどう思うかたずねてみると、ウィリアムはハッと夢から戻って、こう答えた。

 

「ああ、よかったです、多分。でも、よく聞いてませんでした」 

 

いつでもチャンスを逃さない「エビ」さんは、注意力が足りないと彼を叱ったのだが、ウィリアムの方はこれまた全部聞き流してしまった。彼の心には別の疑問があったのだ。

 

叔父さんは、キャンプが解散してから2、3日、おれがマーシュさんのところにいていいって言うかな。叔父さんはマーシュさんが送った往復電報に返信するだろうか。仕事を、家具の傷消しを頼むやつなんだけど。

 

「エビ」さんの声がやむと、ウィリアムは、次はちゃんとしますと約束した。だがそればかりでなく、何だかわからない大きな憐みの気持ちが突然わき上がって、「感謝します、「エビ」さん。本当に。」と付け加えたのだった。

 

 

不思議なことが明らかになった今回のキャンプから町へ帰る途上、ウィリアムは自分がペリカン隊の中で、これまでにない敬意をもって扱われていることに気づいた。

 

一つには、「セイウチ」さんがベーコンエッグの話をしてくれたこと。もう一つ、「エビ」さんが、自分の料理についてのマーシュ氏の論評を芸術的にまねてみせたこと。帰り際の彼はとても愉快そうだった。.

 

最後にヘイル隊長が、今度のペリカン隊の海外キャンプではウィリアムにコックの仕事をやってもらうべきだと述べたこと。「あまり悪いものを食わさないよう、気をつけてくれよ」とまで言ってくれた。

 

 

実際の海外キャンプでは、ときに間違いやごく平凡な失敗もあったが、ペリカン隊はウィリアムの料理を、すべて誠実に平らげてくれた。誰も腹痛になどならなかった。コック見習いとしてのウィリアムは、引く手あまただった。

 

翌春、「エビ」さん本人が、仕事の依頼をしてきた。ペリカン隊が、晴れた5月の数日をうまく使って、レンガ工場の外縁で楽しく過ごそうというのだ。しかしウィリアムは、特別にどうしようもない一人の新入生に、その役を譲った。

 

その子の名はリックワース。脂っぽい肌で、太っていて、腕は短い。だが足取りは軽く、調理場を壊したり水浸しにしたりすることなく、ナベのフタを開け閉めできる。

 

「「エビ」さんは思ってるんでしょう」

とウィリアムは説明した。

「料理は独りで身につけられるものじゃあないってね」

 

「そうだよ。君を見ていて……」

と「エビ」さんは言い張る。

 

「違うんです。マーシュさんは、そいつは「贈り物」だって言った。「天の与えた素質」ってことですよ」

 

「で、リックワースにはそれがある、と言いたいのかい?」

 

「わかりません。

それを見出してやるのがおれの仕事だって、マーシュさんは言うんですけど。

とにかく、リックワースはフライパンをきれいにするのが好きだって言うんです。

そうしていると、次にこのフライパンは何を作るのかって考えてしまうからだそうです」

 

「ふーむ、そりゃあ愚かでないとしても、欲張りではあるな」

と「エビ」さんは言った。

「僕が今朝、焚きつけを買って来た時に君が話していた「ダンパー」は、どんな具合だい?」

 

ウィリアムはその一つを燃えがらの中から引き出し、仕事用の小さなハシバミの棒で軽く叩いてから、そのほかほかの出来立てを「エビ」さんの方へ滑らせた。

 

彼がそれに食らいつくのを見ていると、ウィリアムは再び、憐みの情の波―― ただ消費するばかりの民衆への、王者の憐憫―― に襲われた。

 

「あなたに感謝してます、おれ本当に、「エビ」さん」と、ウィリアム・グラス・ソーヤーは言った。

 

結局のところ、彼が後年語っていたように、それが「エビ」さんに向けたものでなかったなら、ウィリアムはどこへ行っていただろうか。

 

(「贈り物」 完)

 

 

訳者より

「ただ消費するばかりの民衆への、王者の憐憫」、というのは料理人はもちろん、何かを他人に提供する者(付加価値を作る者)であれば誰でも感じることができるものだと思います。

 

自分の作ったご飯を食べる子供を見つめるお母さん、自分の演奏に聞き入る聴衆を見るミュージシャン、夜に明かりの灯る家々を見る電力会社員、行き交う自動車を見る道路工事業者などなど。

 

ただ消費するだけ、というのは楽なものですが、責任ある社会人としてはやはり、「王者=作り手、担い手」の観点を忘れずに物事を考えたいですね。消費者目線のみで社会や政治を考えるのでは、世の中うまくいかないものでしょう。

 

ジョゼフ・ベイル「少年料理人」(1893)

 

 

「コックの名人物語のはじまり」

 

これは最も古く、最も偉大な英国詩人の一人であるジェフリー・チョーサーの詩のパロディ、あるいは模倣とも言えよう。読みづらいように見えるが、大きな声で唱えるのは簡単だとわかるはずである。単語の終わりにアクセントがあることに注意してほしい。そういう単語は、一つでなく二つの音節で発音する。例えば、「スネイルズ」だが、これは「スナイ・レズ」と読む、などだ。

 

訳者より

『海山物語』は短編小説・エッセイの合間に、詩が挿入される構成です。上記のキプリングの前書きとはそぐわぬ雰囲気重視の超訳ですが御了承ください。)

 

 

コックの名人 おいらのもとへ やって来た

 

ラ・ロシェルからさ アングレームまでちょいだった

 

丈はないけど 回るコマより 丸い腹

 

ちょびたあごひげ スープん中へ 浸ってら

 

その手はなめらか 男の手とは 思えんね

 

口を開いて 出て来る話ゃ マジパンとね

 

カーンの牛モツ ボルドー名物 カタツムリ

 

サント・ムヌーじゃ 豚のアンヨを 焼き調理

 

トゥルーズ、ブレス カルカソンヌにも 行ってみた

 

パテにフォアグラ、マロングラッセも 食べて来た

 

テューリンゲンの ハムの蘊蓄 並べ立て

 

王侯貴族の 好みの味を 見事当て

 

クリスマスには アトワおさらば ガスコーニュへ

 

 

人はパンのみにては生きられずと 主は言えり

 

肉のあぶりに煮込みにシチューも共にあり

 

金があるなら 贅を尽くした うまいもの

 

大好物はホットジンジャー はちみつ入り

 

クジラのたたきは スパイス使って 味ピリリ

 

否むも笑うも 世の人勝手の ほおかむり

 

研ぎ澄ますのさ 三度三度の お腹減り

 

鵜の目鷹の目 食卓の上を 眺めやり

 

いただく前に 鼻でも味わう よい香り

 

おっと待ちなよ 腹いっぱいにゃ まだ早え

 

満腹までは ヤリが降っても 動かねえ

 

本が自慢の 聖人様は 食わんでも

 

人の魂は 胃袋にあり そうだとも

 

心の中に思うこと それがすなわち 人と言う

 

ところがメシを 食えば心も メシを食う

 

栄えあるローマの 教皇様とて 同じこと

 

立ち居振る舞い 威厳もコックの おかげだと

 

なんてなところで 議論終わりの 締めくくり

 

全ての人に 君臨するは コックなり

 

舵に従い 船が行く のと同じだろう

 

言葉を尽くし ―「コックの名人」いざ語ろう

 

 

訳者より

次回からは第5話「事実は飛び立つ」です。

3人の将校が語り合う、東南アジア(南太平洋?)の人々との交流の話です。)

 

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