菊池は病院に着くと緊急手術になった。


手術中に病院に来てくれた櫻井さんと交代して、俺はその足で営業先へ向かった。






取引先に着くとフロアの奥に案内される。
パーテーションで仕切られたそこには、取引先の課長と担当者、そして後輩くんが座っていた。
遅れた理由を話して頭を下げると、課長は菊池の心配と俺にも大変だったねと労ってくれた。


勧められて後輩くんの隣に腰を下ろす。


「相葉さん、契約いただけました」


座った途端に後輩くんが嬉しそうに報告してくるから


ありがとうございます。と、先方に頭を下げて契約書類に目を落とした。


……っん?


「失礼ですが、こちらの提示した物と若干違っているようですが。
…‥ここと、ここ」


これまで話を詰めていた内容と微妙に違う。
一見分かりにくいけど、よく見れば明らかに先方に有利な数字が並んでいた。
後輩くんは俺の言葉に慌てて自分の資料と照らし合わせて青くなっている。


「この内容ですとこの場では決めかねます。もう一度弊社に持ち帰り検討させていただくことになります。そうしますと納期もありますし、御社にもご負担がかかるかと思いますが」


このタヌキ親父め、後輩くん一人だと思って……
そうは行くかと睨んでやれば


「はっはっはっ…
惜しいなぁ、もう少しだったのに。
流石に相葉くんの目は誤魔化せなかったか。
冗談だよ。
相葉くんが来てくれないから、揶揄っただけ」


タヌキ腹を抱えて笑い出した。


「課長、困りますよ。
うちの新人くんは素直なんですから。
脅かさないでくださいよ」


まったく、油断も隙もありゃあしない。
きっとこれは課長の独断で、その証拠に先方の担当者も後輩くん同様青くなってるし。
後輩くんに至ってはもう泣き出しそうだ。
こんな所で大事な後輩くんを潰されてたまるか。
大丈夫だからここでは泣くんじゃあないと、こっそりと背中を撫でてやった。


自社に損害を出しそうになったとガチガチに固まっていたんだろう。
俺が手を置いて暫くすると後輩くんの身体から徐々に力が抜けて背中が丸まっていった。
その姿はちょっと老けたみたいだった。


もう一度契約内容の確認してをして、正しい契約書を交わして無事に契約は成立した。










つづく