ソファーから立ち上がった松本さんが、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して、2本の内の1本を俺の目の前に差し出した。
受け取ったオレはキャップを開けてゴクリッと一口飲み込む。
その時初めて喉がカラカラだったことに気付いて、そのままゴクゴクと半分空けてしまった。
ふぅっと一息ついて「そう言えば」と隣に戻ってやっぱりお茶を呷る松本さんの横顔に向かった。
「井筒先生のネコのスウェットは?
先生は本当はああいうのが趣味なの?」
松本さんは前を見たままクスッと口の端を上げて
「あれは、現実逃避。
普段はカッコつけの先生が、あの部屋でだけああなる。
それでリフレッシュして、また作家井筒隆一に戻れるんだろうな。
きっと今頃元の姿に戻ってるよ」
「あっ、あの荷物」
「そう、それでここは毎回お決まりの強制労働場所。これもスランプの時のルーティーンだから、ここに入ってしまえば期日までには何とかするはずだ」
「期日って言えば、何で3日も猶予があるの?
オレは今日が締め切りだと思ってたから、必死だったのに」
「それは、今回みたいなことがあるから。
いつ来るかわからない逃亡に備えて、元々井筒先生の締め切りは余裕を持って設定されてる。
まあ、これは井筒先生の取説には必須項目なんどけどな」
「そうだよ。
編集長がちゃんと引き継ぎ書に書いておいてくれれば、オレだってあんなに慌てることなかったのに」
「まったくだ。
お陰でオレまで駆り出されたしな。
……お前、何で編集長じゃなくて俺に電話してきた?」
「何でだろう……
あの時、凄くテンパッてて、なんか……松本さんの顔しか思い浮かばなかったんだよね」
オレだって不思議なんだよ。
本当なら編集長に連絡すべきじゃん。松本さんなんて何処にいるのかも、電話に出られるかもわからないのに。
そう、あの時のオレは『助けて松本さん』って、それだけだったんだよなぁ。
あの時のことをボンヤリ考えているオレを
松本さんは、ふーんって凄く優しい顔で見るから
何だか調子が狂ってしまう。
つづく