「まあ、そうか…」


松本さんは少しの間天井を見上げていたけど、透明なガラスのテーブルに手を置くとコツンッと人差し指を鳴らした。


「まず、井筒先生は基本的にそんなに手のかかる作家じゃない。
ただ、極希に、突然、まったく書けなくなることがある。本人にもどうにもならないらしい。
それで、その時に逃げ込むのが、彩華さんの所だ」

「書けないって……
オレが行ったときはそんな素振りは見せてなかった。書けてないならその時に言ってくれれば、こっちだって対処の仕方があったのに」

「あの人、基本カッコつけだから、他人に弱味は見せたくないんだよ」

「そんな、カッコつけてそれで逃げられたら、こっちはどうしたらいいのさ。
それで?あの彩華さんっていう人は何者なの?」

「彩華さんは、元々は井筒先生の愛人だな」

「愛人?」

「元はな、今は母親と息子みたいなもんだよ」

「先生の方がずっと年上じゃん」

「男女の間は年齢じゃないんだよ」


オレに向かってニヤリと笑った顔が意味深で


「経験豊富みたいな言い方」

「お前よりはな」


余裕しゃくしゃくな顔が、どうにも面白くない。


自分の不機嫌を他人の状況にすり替えて平常心を保とうとする。


「だけど愛人って、あんなに素敵な奥様がいるのに」


俺の不満顔に気付いているのかいないのか、松本さんの表情からは何の感情も読み取れない。
それがまた腹立たしい。


「先生は昔から女遊びが激しくてな。奥さんも相当苦労したらしい。
だけど、彩華さんだけは特別。
奥さん公認だ」


松本さんが、今度はクスリと笑った。


「あの見た目に騙させるなよ。
あれで都内に3店舗を構えるネイルサロンのオーナーで、バリバリの実業家だ。
しかも、愛人の立場でありながら正妻の心をもつかむ遣り手。
お前なんか逆立ちしたって敵わないから、あの人に逆らおうなんて思うんじゃないぞ」


なにそれ、楽しそうに。
松本さんってああいう人が好みなの?














つづく