「おまえなぁ、のんびり何ですかじゃあないだろうよ。
ぼーっとうちのエースの顔を眺めてるたぁ、よっぽど暇なんだな」
「別に暇じゃないよ。
克っちゃんだってオレが何してるかわかってるでしょ。今のところ修羅場ってないだけよ」
「おまえ、ここで克っちゃんは止めろや。俺の編集長としての威厳が」
「元から威厳なんかありゃあしないでしょうよ」
文句を言ってたって滲み出る人の良さは隠せない。
別にオレが特別横柄なわけじゃない。
この人の前では、みんなこんな感じなんだ。
「そんなことはどうでもいい。
お前、余裕あるんなら井筒先生の担当やってくれ」
「えっ?井筒先生なんて、大御所オレムリよ。
だいたいあの先生は伊藤さんが担当でしょ?」
さすがのオレも余りの大先生の名前にたじろいだ。
「それがさぁ、今朝連絡があって、伊藤の奥さん緊急帝王切開だってよ。
あいつん家どっちの実家も頼れないし、上の子もいるしでどうにもならないんだよ。
そんで、今動けんのお前しかいないんだよ。
頼むよ、なっ!?」
顔の前で手を合わせて身を屈める、編集長。
伊藤さんの事情もわかる。
「……だけど、いきなりそんな大物…」
「だぁいじょうぶ、井筒先生はそんな手のかかる人じゃないから。
これ、引き継ぎ書な。
じゃあ早速挨拶と締め切りの確認して来て。
こっちからも連絡入れとくから。
大丈夫、大丈夫滅多に問題なんて起こす人じゃないんだから」
殆んど反論も出来ないまま編集部から追い出された。
そんな大御所の所行きたくないよ。
出口で中を振り返ると、相変わらず立ったまま何枚もの校正紙にペンを入れている松本さんが顔を上げて目が合った。
オレと視線を合わせた口元がニッと上がって、赤ペンを持った手がヒラヒラと振られた。
修羅場の真っ只中でも、オレと編集長の話を聞いていた?
行ってこいと言われた気がして、ちょっとだけ肩を竦めて外へと足を向けた。
いきなりのピンチヒッター、しかも無理矢理押し付けられた仕事。
だけど…
しょうがない、やるか!
オレは気合いを入れ直してエレベーターのボタンを押した。
つづく