「雪乃さんいるかい?」

「かっちゃん、のれん潜って開口一番がそれ?」

「それを楽しみに来てんだよ」

「聞き捨てならねぇな。味じゃないのかよ」


大将の潤くんに睨まれてもどこ吹く風のこの店の常連がキョロキョロと店の中を見回す。


開店時、潤くんが拘りぬいたシックなモノトーンの店内は今


カウンターのイスにも堀炬燵式のテーブル席にも手縫いの座布団が敷かれている。
しかも絶妙にファンシーで不揃い。


マガジンラックに入っているのは週刊誌やスポーツ新聞だし、出窓には誰が置いていったのか縫いぐるみやらこけしやらが鎮座している。


極めつけはカウンターの隅に置かれたテレビで
昼間はワイドショー、夜はだいたいプロ野球中継が流れていた。


常連さんが続々と持ってくるそれらに、最初のうちこそ抵抗していた潤くんだけど、嬉しそうに受け取る雪乃さんにせっかくの気持ちを無にするんじゃないと一喝されてどうやら諦めたらしい。


都会的なオシャレなラーメン屋とは程遠くなった
『MATSU』だけど、店は今日も繁盛していた。


「あら~いらっしゃい~」


奥から雪乃さんが出てくると、パッと店の中が明るくなる。もうすっかりこの店の看板娘だった。


「雪乃ちゃん待ってたよ」「雪乃さん~」
口々に声をかけるお客さんに笑顔を返す雪乃さんを見て、俺は出前の準備をした。


「じゃあ、行ってきます」


潤くんと雪乃さんに声をかけて外へ出る。
オレは無事に免許を取って出前にも行けるようになっていた。


田舎道を走りながらラジオを着ける。
スピーカーから忘れることの出来ない大好きな人の声が流れてきた。
ちょうど相葉さんのラジオの時間だった。


仕事が終わってから聴くことも出来るけど、出来ることならリアルタイムでその声を聴きたい。


自分の部屋に置いた小さなテレビとBlu-rayレコーダーで相葉さんの出る番組は欠かさず録画もしている。


もう、ただのファンだな


自分にちょっと嗤う。


相葉さんはあの後、週刊誌の記事が響いて歌番組の司会の仕事を逃した。
だけど、映画はそのまま撮影に入って今年の春に無事公開された。


映画は大ヒットして、相葉さんはスキャンダルを払拭して更に大きくなっていく。


それでいい


オレは、遠くからひっそりとあなたの活躍を見守っていく。それでいいんだ。













つづく