個人経営でありながらこの地区の基幹病院である大野病院は、今日も満員御礼の混雑ぶりだった。
今日は外来の大野先生に付いている俺は、次の患者さんを呼ぶために待合室へと出た。
「加藤さーん、加藤清史郎さーん」
呼ばれて入って来たのは車イスが2台。
「アイバまだいたのか」
相変わらずの口調。
元気そうで安心する。
「まだいたよ。これからもずっといるよ。
清史郎君、福君久しぶり。
半年ぶりだね」
車イス暴走族の清史郎は、退院後徐々に受診の間隔を開けていって、今は経過観察の為の半年に一度の受診で落ち着いている。
脊椎損傷の下半身はこれからも動くことはない。
頭部損傷による後遺症もこれ以上の回復は見込めそうもなかった。
退院後、学校に戻った彼。
もともとは気弱で優しかった彼の変貌は随分と周囲を驚かせたらしい。
それでも、知能に影響が無かった彼は、東京の有名国立大に現役合格した。
そして、清史郎の傍らには今も常に福がいて、彼の言動のフォローをしている。
「親分子分は相変わらずだねぇ」
7年前を思い出して笑う俺に清史郎が憮然とする。
「親分子分じゃねぇ、共同経営者だ」
「俺達、起業したんですよ」
清史郎の投げた言葉をすかさずフォローする福はニコニコと人の良い笑顔を浮かべている。
「大学生で起業?すごいねー
くふふっ、昔言ってたこと、本当になったんだ」
「そんなこと言ったか?
大野さーん、ちゃっちゃと終わらせてくれよ。俺達忙しいんだよ」
スイスイと車イスを操り、俺の横を素通りするかと思った清史郎がピタリと停まって、まじまじと俺の顔を見上げる。
「評判だぜ、大野病院のひまわり。
だけど、どう見ても人の顔にしか見えねぇな。ここの入院患者みんな目が悪いんじゃねぇの?
大野さん、患者の視力検査した方がいいぜ」
それっきり俺に興味が無くなった清史郎は大野先生と話をしている。
「俺達の耳にも入って来ますよ。
顔良し、スタイル良し、性格よしの三拍子揃った大野病院の看板看護師。
誠実な仕事ぶりと患者一人一人に寄り添う姿勢。何より患者を癒す明るく優しい笑顔。
通称、大野病院のひまわり。
直接間接問わず交際の申し込みは引きも切らず。持ち込まれた見合い写真が山になってるとか?」
清史郎を見守りながらもニヤっと俺に視線をよこす福。
「言い過ぎだよ。
からかってるの?」
確かに、今の俺にはそんなあだ名が付いている。
見合い話もちょこちょこくるけれど…
かずさんの行方を追うことを止めてから俺は、大野病院で看護助手として働きながら、4年間専門学校に通って看護師免許を取った。
そのまま大野病院に就職して今に至る。
看護助手の時に見ていたように、看護師の仕事は大変だけれど、遣り甲斐があるし、元気になって帰っていく姿を見るのはこの上なく嬉しい。
今では、俺の天職だと思っている。
かずさん
かずさんはもうあの時に分かっていたのかな。
俺に、看護師が向いていると言ってくれたよね。
時が経って、記憶は薄れて
今では、かずさんの顔もおぼろげにしか思い出せない。
けれど、かずさんが言ってくれた言葉、してくれた事は今でも鮮明に覚えている。
今の俺を支えてくれているよ。
つづく