「もうひとつ?」
潤がかずさんの言葉を噛みしめるように語り続ける。
まだ俺が気付かなかったかずさんがいるの?
「相葉くんには自分の帰りを待たせる様なことはしたくないって」
「なぜ?」
「かずが何をしているか知れば、相葉くんはかずが治って帰って来るのを待つでしょ?」
「もちろん、何年でも待っているよ」
「それをさせたくないって。
あなたは、心も身体も健康なんだから、これから幾らでも新しい出会いがあって、幾らでも幸せになれるんだから。
その時間を無駄にさせたくないって」
「かずさんを待つことより、他の誰かと出会う方が幸せだっていうの?
かずさんは俺じゃあないのに。
俺じゃあないかずさんが俺の幸せを語るのはおかしくない?
俺の幸せは、俺のものだよ。」
「相葉くんの幸せが相葉くんのものなら、かずの幸せはかずのものなんだよ。
相葉くんが前に進むことが、かずの望みなんだよ」
「自分はたった独りで闘いに行くのに、せめて心だけでも側に置いてはくれないの?
俺まで手放して、たった独りで耐えられると思ってるの?
馬鹿だよかずさんは。
俺は…………解放なんてされたくない。
ずっと、かずさんに捕らわれていたかったのに」
知らない間に涙が頬を伝っていた。
かずさんを見守ることも、待つことも許されない。
それがかずさんの望みなの?
「……じゃあ、あのキーホルダーは?
ここで待っていて、いいってことじゃあないの?」
「……それは俺にも分からない。
思い出を残したかったのかな?
グリーンのキーホルダーはかずが持っていったよ。
どっちにしても、あの家は他に使う人もいないし、相葉くんの好きにしていいから」
二人の暮らした思い出?
思い出は過去のものだよ。
かずさんは、俺とのことを過去にしたいの?
あんなこともあったよねって、笑って話すような過去にかずさんは出来るっていうの?
涙は後から後から溢れ出して、俺のジーパンの膝を濡らした。
キッチンから時々お母さんが心配そうにこっちを覗いているのが分かった。
やっと体調が戻ったばかりの俺、お母さんの心配も、それでも話してくれた潤の勇気も分かりすぎるくらい分かる。
ひとしきり泣いて、俺は服の袖でグイッと目元を拭った。
「……分かったよ。
どうすればいいのか、まだ整理できていないけれど、俺は俺の考えで、俺のしたいようにする。
その中で、何かが見えるかもしれないし、見えないまんまかもしれない。
だけど、迷っても後悔してもそれは全部俺が選んだもので、全部が俺のものだから」
無理をしているって、潤にはバレバレだったけれど、それでも精一杯無理をして笑顔を作った。
お母さんが優しい声で、ご飯にしましょうかとお鍋を持ってキッチンから出て来た。
お鍋から立ち上る美味しそうな匂いに俺のお腹がグゥッと鳴って
潤もお母さんもフフッと笑ってくれた。
それから俺は、かずさんの行方を探すのを止めた。
かずさんを探すこと以外で、俺が心から望むことをしようと決めた。
潤ともかずさんの話をしなくなったし、大野先生にも聞きに行かなくなると
かずさんの消息は全く分からなくなった。
つづく