俺の心臓のドキドキはなかなか治まらなくて、気持ちを静めるために風呂に入った。


出る頃にはだいぶ落ち着いていて、かずさんの顔を普通に見ることが出来た。


パソコンに向かっているかずさんは……


画面を凝視したまま、何か考え事をしているようで、キーボードの上の指は全く動いていなかった。


俺が台所の片付けを済ませてもそのままでいるかずさん。


「かずさん大丈夫?体調悪い?」


どうしても気になって、恐る恐る聞いてみると、かずさんはハッとしてこっちを見た。


「あっ?………ああ、大丈夫。
ちょっとぼんやりしてただけ……それより…」


言いにくそうに下を向くと、薄茶の瞳だけを上げてこっちを見る。


その顔が猛烈に可愛くて


何を言うつもりなのか分からないけれど、もしそんな顔でおねだりされたら、きっとどんな無理難題だって聞いてしまう。


「………な……なに?   」


「……あのね………二人が一緒にいられるのって、朝と夜の短い間じゃない?
昼間はまぁくん仕事だし」


「うん、ごめんね、俺ももっと一緒にいたいけど……仕事を辞めるわけにはいかないし……」


「ああ、……いいの、いいの。
仕事云々を言ってるんじゃないの。

だけど、オレ、もっと一緒にいたくて……」


少しの間だ言い淀んでいたかずさんが意を決したようにやけにはっきりと言った。


「まぁくんと一緒に寝たいな」


「……へっ?」


思いもよらないかずさんの申し出に間抜けな声が出た。


「オレの体のせいで、同じベッドには寝られないけど…
目を閉じるまで、まぁくんの顔が見られたらいいなぁって……」


あんなにはっきりと俺と寝たいって言ったのに、訳を話し出したら恥ずかしくなったのか、だんだん声が小さくなっていく。


こんな可愛いかずさんに言われたら、何だって叶えてあげたいけれど


「………大丈夫かな?
えっと、俺、イビキも歯ぎしりもしないと思うけど………
あっ、すごく嬉しいよ、カズさんにそう言って貰って………だけど……」


心配しているのは、イビキや歯ぎしりじゃあない。


俺は俺の理性がどこまで持つのか、それが心配なんだ。


「ダメ………かなぁ?」


ここで、その上目遣いは反則だ。
そんな顔で言われたら、断れるはずがない。


「ダ……ダメじゃない。全然ダメじゃない」


「ホント?
良かったぁー、じゃあ今夜からね。
オレの部屋に来てね」


「…今夜?
………あーじゃあ、今夜はマットだけ持ってかずさんの部屋に行くね?
後で潤君にベッド動かすの手伝って貰おう」


なかばやけくそで俺はこの後の段取りを考えた。


「うん、んふふー、嬉しい」


だけど、そんなに幸せそうに笑われたら、俺はありったけの理性を総動員してかずさんの願いを叶えるよ。


恋人同士が隣り合って寝るっていうことが、どういうことなのか、かずさんにも分かっていると思う。


だけど大野先生は、恋人が出来るのはかずさんには初めてだって言っていた。


ということは、まさかかずさんは恋人同士の営みにまで思い至っていないのか?


かずさんって案外天然?


いや、きっとかずさんは俺を信用してくれているんだ。


かずさんを傷つけることに繋がる、そんな衝動に俺が突き動かされるかもしれないなんて、少しも思っていないんだ。


だったら、俺はかずさんの信頼に答えなきゃあいけない。


さっき風呂場でも出来た。


だから、これからもきっと大丈夫……







結局俺はベッドマットと簡単な寝具を持ってかずさんの部屋に行くことになった。


枕を並べて横になる。


実際には俺はマットだけだから、寝転ぶとベッドの陰になってかずさんの顔は見えない。


だけど、ベッドのフレームを持ち込めば、真横にかずさんの顔を見ることになる。


どちらかが眠りにつくまで、顔を見ながら話が出来る。


それは、とても嬉しくて……辛い……


触れられる距離にいるのに触れられない。


縮まる事のない、俺たちの距離をずっと見詰めながら二人でいる事を、


俺自身が選んだんだ。





ベッドに入って他愛ない話をする。


明日の朝ご飯は何にしようか


玉子焼き食べたい


プリンターのインクが切れそう


じゃあ、明日仕事の帰りに買ってくるよ


これからへの不安はあるけれど、かずさんとするこんな何でもない会話に癒されて、俺はいつの間にか眠りに落ちていた。











つづく