side A←ここママさんサイドです







「偽装……結婚?」


俺が此処にいる理由を告げると、信じられないという顔をした君に、


全ては君にもう一度逢う為だと白状した。


たったそれだけの為にこんな馬鹿げた事をする、俺はそんな男だ。


彼女との契約や、経緯を説明したところで
果たしてきみが納得するのか分からないけれど。


それよりも、


君がこんなに近くにいる。


それを確かめるように、そっとその手を握った。


焦がれて焦がれて、一度は諦めた君。


俺の手に痛みという痕を残して消えた君の指先が、今俺の手の中にある。


知らずに握る手に力が入っていた。


「俺は初めてキミと出逢ったあの日から、
ずっとキミのことが忘れられなかった。
キミがあの人の寵愛を受けていることも知っている。
それでも俺は、
キミを諦めることなんて出来ない」




あれからどんなに手を尽くしても、君の素性を知ることは出来なかった。


常に君の側にいるあの人が、その力で君を覆い隠しているのは容易に想像できた。


何ひとつ明らかにならない君。


お陰で俺が欲しいのは情報じゃない、出自でも育った過程でもない、


今の、生身の君が欲しいんだということに気が付いた。


ただ……


「ひとつだけ教えてくれるかな?
雅紀って、キミの本名なの?」


君を想うときの確かな形が欲しい。


「はい、俺の名前は相葉雅紀です」


君の声で紡がれる、君の名前


「相葉……雅紀……」


雅紀………雅紀………


俺の中の君への想いがより鮮やかな色を纏う。


「雅紀……」


君の名前を呼べる幸せ。


「はい、」


俺の呟きに素直に返事をくれる雅紀。
そんなに可愛いい一面もあったんだね。


もっと知りたい、今の君の全てを……


抑えてきた想いが沸き上がり溢れる。


「俺はキミを愛している。
だからキミも、俺を愛してくれないか?」


俺は溢れだす想いをそのまま雅紀にぶつけ、
その細い顎に手をかけた。


返事はなかった。


ただ、目の前で閉じられた瞳を肯定と受け取り、そっと唇を重ねた。





そうしてしまえば止められるはずもなく、何度も何度も角度を変え、食み、その行為に、雅紀に酔っていく。


何も考えられなかった。


俺の世界は雅紀が全てだった。






だから……




背後で蠢く黒い陰りに……気付くことが出来なかった。











≡つづく≡