櫻井先生の診察を終えて、来たときと同じ俺の車で家に帰った。


ドアを開けるとそこは昨夜のことがまるで嘘のように綺麗に片付いていた。


潤君、頑張ってくれたんだ。
後で改めてお礼をしよう。とにかく今は


「急いでご飯の用意するから、かずさんはゆっくりしてて」


かずさんをソファーに座らせて、腕捲りをしながらキッチンに入る。


「症状が治まればいつもと変わらないんだから、気をつかわないでよ。
もっとも、水触れないから手伝いは出来ないけど」


ソファーからダイニングの椅子に座り直しているのが、キッチンから見えた。


「じゃあ、ご飯出来るまで仕事していてもいいよ。用意出来たら呼ぶから」


卵を割りながら言うと、かずさんはあからさまな不満顔。


「仕事?いやだよ。
オレはここでまぁくんを見ていたい」


どこのスイッチを入れればそうなるのか、今朝からずっとかずさんはこの調子で、その甘々な台詞に知らないうちに顔が火照ってくる。


「あんまりじっと見られると、緊張して手元が狂いそうなんだけど」


「んふふ、怪我しないでね」


楽しそうに言いながら、視線をそらす気はなさそうだ。






簡単な朝御飯を済ませてソファーに移ったかずさんにコーヒーを持っていく。


かずさんの前にコトリとマグカップを置くと、その隣に腰を下ろした。


ありがとうと言ってくれて、冷めるまでは手を出さないいつもの時間。


その言葉で、表情で、眼差しで


全身で俺を好きだと言ってくれてるかずさんを前に、すぐ隣にはいるけれど、肩の触れ合わないその距離がもどかしい。


けれど、これが俺たちの距離だと心の中で言い聞かせる。


この距離をずっと保っていられるだろうか……


でも、出来なければかずさんとは一緒にいられない。


どちらを選ぶかなんて、考えなくても答は明白で…


俺は何があってもかずさんと一緒にいたいんだから。






「今日は休みを貰えたけど、明日は仕事に行かなくちゃ」


「うん、そうだね」


「ずっとこうしていたいけどね」


「……うん…………ねぇ、まぁくんちょっと向こう向いて」


唐突に言い出したかずさんに促されるまま、訳も分からずに背中を向けた。


すると、背中に掛かるわずかな重み。


頭だけ回して肩越しに見ると、かずさんが俺の背中におでこを付けてもたれ掛かっていた。


たった今、かずさんとの触れあいは出来ないと自分に言い聞かせていたのに。


かずさんの温もりを求めてはいけないんだと


なのに


今、俺の背中にかずさんの温もりを感じている。


手に入れられないと思っていたものを唐突に与えられて、途端に心臓が早鐘を打つ。


「…………かずさん?」


「んふふ、抱き締めては貰えないけどね、
これくらいなら、大丈夫だから……

まぁくん、すごいドキドキしてる」


「……当たり前でしょ、大好きなかずさんに触れられているんだから」


「そっか……
緊張してる?」


「………してるよ」


「あんまり汗かかないでよね。
こうしていられなくなっちゃうから」


「そんなの、コントロール出来ないよー」


「そうだよね、んふふ」


………




冷静に考えれば、俺はそれなりに経験もあって、こんなただ寄り添うだけの触れあいなんて、子供じゃあないんだからということになるんだろう。





だけど






どうしよう





幸せでどうにかなりそう………












つづく