「それはそうと、長い間休んでしまって申し訳ありませんでした」
この人の雰囲気に流されて、話さなきゃあいけないことを忘れそうになる。
俺は姿勢を正して頭を下げた。
「んー大変だったね。
凍傷で指、無くなんなくて良かったよ」
さらっと怖いことを言う。
「だけど、処置が適切だったからね、快復も早かったでしょ?」
なぜかドヤ顔の大野先生。
「俺の状態よくご存知ですね」
もしかしたら、とカマをかけてみる。
「だって、相葉ちゃんの処置したのしょうくんだもん」
もともと威厳は感じられない人だけど、今はみる影もなくデレデレした顔。
やっぱりノロケたかっただけか。
大野先生が言うところのしょうくん。
大野病院に勤務する櫻井翔医師は、地方の個人病院にいるにもかかわらず、若くして免疫学の権威で大野先生の恋人だ。
大野病院の跡取りである大野先生は、櫻井先生との関係をオープンにして、それを院長初め周囲の人たちに認めさせた。
周りじゅうから大反対された二人は、お互い以外の全てを捨てる覚悟をしてこの街を出ようとしたところを、院長に見つかり
その想いの強さに根負けした院長が二人の仲を許した。
という話はこの街で知らない人はいない。
俺がここに来たときにはもう二人の関係は当たり前の事になっていたのだけれど。
「俺のこと、櫻井先生が診てくれたんですか?わざわざ出向いてもらって、申し訳ないことをしました」
「気にしない気にしない、もともとしょうくんはニノを診に行ったんだから。
ニノの方が重篤な状態だったのに、相葉ちゃんを先に診ろってごねられたんだって。
いくらしょうくんがニノの主治医で気心が知れてるからってなぁ」
ニノ?ニノ………かずさん!
かずさんが重篤な状態って。
えっ?櫻井先生がかずさんの主治医?
俺は本当に何も知らなすぎる。
「かずさんは
その時具合が悪かったんですか?
一体何の病気なんですか?
大野先生、お願いです、俺にかずさんのことを教えて下さい」
俺は思わず大野先生の両腕を掴んでいた。
「あれっ、ニノに聞いてなかった?ヤベッ!
相葉ちゃん、この事は聞かなかった事にして。
ニノにもしょうくんにも俺、怒られちゃう
から」
俺からの視線をあからさまに避けて、俺の手をやんわりと外すと、大野先生は逃げるように行ってしまった。
かずさんの事についてはまた何も分からなかった。
誰もかずさんのことを教えてくれない。
それはかずさんが俺に知られることを拒んでいるから?
どうして?
どうしてかずさんは俺に知られるのがイヤなんだろう…
どうしてかずさんの周りの人は、今一番近くにいる俺にかずさんの事を教えてくれようとしないんだろう……
病気なら近くにいる人が気を配らなきゃあいけない筈なのに。
それは、俺に信用がないから?
確かに、俺とかずさんは偶然一緒に暮らすようになっただけ、
まして、かずさんにお世話になっているだけ、かずさんの負担にしかなっていない俺。
俺が頼りないことも信用に値しないことも、分かりすぎるくらい分かっている。
だけど、俺は……
俺はただ、あなたと暮らしていくのに必要なスキルが欲しいだけ。
あなたのことが知りたいだけ、なのに……
かずさん、あなたには味方が多すぎる。
つづく