家事にもだいぶ慣れてきた。
もともと掃除や洗濯は得意な方だったし、料理も簡単な物なら作ることが出来た。
かずさんはそんなに凝ったものを欲しがらなかったから、拘りさえクリアすれば俺でも何とか作ることが出来た。
大変なのは除雪で、屋根やら庭やらしょっちゅう雪かきをしなきゃあならない。
病み上がりで雪に慣れていない俺はすぐに足や腰が痛くなって、潤君に手伝って貰ってなんとかこなしていた。
その日、夕食の準備で二人分のセッティングをしていると、いつの間にそこにいたのかかずさんがダイニングテーブルにコトンとワインの瓶を置いた。
普段からかずさんはゆっくり静かに歩く。
およそ慌てているところを見たことがない。
足音もさせないから、俺はかずさんが来たことにまったく気が付かなかった。
「うゎっ、ビックリした」
思わず飛び上がると
「ふふふ、そんなに驚かなくてもいいのに」
いつもの微笑み。
「これ、前に貰ったんだけどオレ呑まないから、良かったら相葉さん…雅紀くん?
うーん面倒くさいな、まぁくんお酒呑める?」
面倒くさいという理由で俺はまぁくんと呼ばれることになったらしい。
まぁくん……まぁ……
懐かしい呼び名だ。
小さい頃、父さんや母さんにそう呼ばれていた。
「どうかした?」
俺がなかなか返事をしなかったせいか、かずさんが首をかしげて俺を覗き込んでいた。
「いえ、なんでもないです……
あっ、お酒呑めますけど
いいのかなぁ、高そうなワインだけど」
「ワインは飲むために作られてるんだから、飲まずに放っておくほうが勿体ないよ」
じゃあお言葉に甘えてと栓を抜くと、かずさんが一緒に持ってきたグラスに注いでくれた。
同じグラスにかずさんは水を入れ、カチンッとグラスを合わせる。
「あっ、かずさん薬は?」
毎回食前にかずさんは薬を飲んでいるから。
何の薬かは聞いていないけれど忘れていたら大変、と聞くと
「飲んだ飲んだ、せっかくいい雰囲気なのに、ムードを壊すようなこと言わないの」
ムードって…
確かに外には今日も雪がチラチラ降ってるし、柔らかい間接照明の下マホガニーのダイニングテーブルの上には今日の夕食が並んでいる。
まぁ、俺が作ったんだから内容は大したことないけど、今日はハンバーグと潤君家から貰った野菜で作ったのサラダとスープ。
グラスの中で揺れる赤ワイン。
ムーディーといえばムーディーなのか?
テーブルに向き合って座って、淡い光に照らされてかずさんが微笑む。
綺麗な人だ。
男の人に綺麗ってどうかと思うけど、やっぱり綺麗だ。
そこにいるのに現実感がないっていうか、初めに雪女だと思ったのもあながち間違ってないと思う。
もちろん雪女じゃないけど。
かずさんに促されてワインを口に含む。
「美味しい」
「そっ?良かった」
短い会話。
だけどそれたけで通じてる気がした。
ワインのあまりの美味しさとかずさんの笑顔に気が緩んだのかもしれない。
俺はつい杯をかさねすぎて、少し酔っていたんだと思う。
今まで誰にも話さなかったのに。
何故だろう、かずさんに無性に聞いてもらいたくなった。
まだ過去にも出来ない俺の過去。
決して楽しい話ではないのに、かずさんなら聞いてくれる気がした。
「いいよ」
かずさんがそう言ってくれたから俺はポツリポツリと話し始めた。
つづく