夕飯を食べてまた眠る。


朝になると潤君が作っておいてくれた朝食をかずさんと二人で食べた。


朝食を食べながらポツリポツリと話をする。


かずさんはコンピューター関係の仕事を在宅でしているということ。
超インドア派でほとんど家から出ないということを穏やかな口調で語った。




朝食が終わると、かずさんが身体を拭いてくれるという。


病院に顔がきくと言っていたとおり、かずさんは病院で使うのと同じような清拭セットを持って部屋に入ってきた。


手には医療用の手袋までしてる。


熱い蒸しタオルを少し冷まして顔を拭かれた。


温かいタオルが顔の上を滑っていくと、汗でベタついた肌がさっぱりとして気持ちいい。


外は今日もしんしんと雪が降って氷点下の寒さだけど、この家の中はいつでも春のような快適な温度が保たれているから、服を脱ぐのも苦ではなかった。


自分でシャツを脱ぐとかずさんが背中を拭いてくれた。


そのまま回り込んで俺の前を拭こうとする。


「やっ、ま、前は…
あ、あとは自分で出来るから…」


急に恥ずかしくなって思わず自分の胸を隠した。
男同士で胸なんか隠してもって思うけど、なんだか凄く恥ずかしかったんだ。


しどろもどろにそう言うと、かずさんはクスリと笑って蒸しタオルを渡してくれた。


じゃあオレは終わり、と徐に外した手袋から出てきた手が、それまでよりあきらかに荒れていた。


「手、またひどくなってる。大丈夫?」


思わず赤くなったその手を取ろうとした。


ただそれだけなのに、かずさんは弾かれたように飛び退いて、俺の手が届かない所まで距離をとった。



そして、赤く腫れた手をTシャツの中に隠した。


「…だ、大丈夫、大丈夫。
また荒れちゃったね、お手入れしないと。
あっ…、じゃあ、オレ、隣の部屋で仕事してるから、何かあったら呼んで」


そう言うとかずさんはそそくさと部屋を出ていってしまった。


どう見ても不自然。


もしかして俺に触られるの嫌だった?





……そうだ、優しくされたからっていい気になっちゃダメだった。


誰も俺なんかに本気で関わろうなんて思わない。家においてくれるのだって、帰る家のない俺をかわいそうに思ってくれてるだけなんだ。


もう、かずさんの手のことには触れないようにしよう。
1日も早く身体を治してこの家の役に立つ。それが俺がこの家にいる条件だから。




苦い記憶が甦る。
俺の心にのし掛かる大きなしこり。
それはあっという間に俺を暗闇に突き落としていった。






食べて寝て、食べて寝て俺の身体は順調に回復していった。


日常生活が出来るようになった俺は、今日も夕飯を作りに来てくれる潤君に、明日からはこの家の家事は俺がやると告げた。


「病み上がりなのに、そんなに全部やろうとしなくても、潤にやらせとけばいいんだよ」


あの後もかずさんは優しくて、俺を気遣ってくれるけど、相変わらず俺には踏み込めない壁があるのも感じていた。


「本当に大丈夫?俺は慣れてるから気にしなくていいんだよ?
なんてね、これから春の作付けの準備で忙しくなるから、かずの面倒を見てもらえるのは正直助かるんだけど。
今、姉ちゃん妊娠中で無理させられないからさ」


潤君はこの家の隣の大きな農家の長男で、広大な畑と乳牛の世話を両親と姉夫婦と一緒にしていた。


農家っていうのは冬は暇なのかと思ったら、とんでもなかった。


冬の間もやることはたくさんあるらしく、彼はいつも忙しそうに動きまわっていた。


たいした働き者だ。


「ここん家結構決まりごと多くて面倒くさいかもしれないけど、相葉くんかずのことどうかよろしくお願いします」


潤君が頭を下げる。
いやいやそんなことをしてもらったら却って恐縮してしまう。


「こちらこそ、いろいろ教えて下さい」


俺は潤君よりも深く頭を下げた。









つづく