村上龍のコインロッカーベイビーズを読んでいる。何度目かは分からない。
東京のど真ん中で隔離された薬島に住む顔に穴が開いた少年、ガリバーという名前の巨大ワニを飼うアネモネ、軍艦島を彷彿とさせる九州の小島、廃墟、棄てられた映画館に住むキリストに似た謎の男ガゼル、そして共にコインロッカーに捨てられてなお生還したという経歴を持つ”コインロッカーベイビーズ”の主人公キクとハシ。唯一まともに思える二人の里親・和代もまた、「人間臭過ぎる」という点で充分に個性的だ。
佐野元春はこの小説を評し「ドラマトゥルギーよりも、むしろ一行二行三行四行という短い時間の中で ポエトリーを爆発させようとしていて、僕はそこにパッションを感じる」 (「RyuBook」1990年、思潮社より)と語ったそうだが、的を得ていると思う。この小説の場合、感情移入する対象は人物ではなく世界観それ自体、あるいは佐野元春の言うように、独特の文体の中に数々仕込まれたポエトリーに対してだ。
気軽にオススメできる作品ではないけれど、これを読んだことないヤツと仲良くできるとも思えない。そんな小説です。
■ネットで拾った本文引用
●キクの中で古い皮膚が剥がれ殻が割れて埋もれていた記憶が少しずつ姿を現した。夏の記憶だ。十七年前、コインロッカーの暑さと息苦しさに抗して爆発的に泣き出した赤ん坊の自分、その自分を支えていたもの、その時の自分に呼びかけていたものが徐徐に姿を現し始めた。どんな声に支えられて蘇生したのか、思い出した。殺せ、破壊せよ、その声はそう言っていた。その声は眼下に広がるコンクリートの街と点になった人間と車の喘ぎに重なって響く。壊せ、殺せ、全てを破壊せよ、赤い汁を吐く硬い人形になるつもりか、破壊を続けろ、街を廃墟に戻せ。
●何のために人間は道具をつくりだしてきたかわかるか? 石を積み上げてきたかわかるか?壊すためだ、破壊の衝動がものを作らせる、壊すのは選ばれた奴だ、お前なんかそうだぞキク、権利がある。壊したくなったら呪文だ、ダチュラ、片っぱしから人を殺したくなったら、ダチュラだ。
●立派な映画館で、アメリカに亡命したロシア人バレリーナの恋愛物語を見た。恋を選ぶか、バレエと祖国を選ぶか、白鳥の湖を踊りながら主人公が悩む、バカな奴だとキクは思った。自分が最も欲しいものは何かわかっていない奴は、欲しいものを手に入れることが絶対にできない、キクはいつもそう考えている。
●キクがあまりに熱心なので店員が声をかけた。いったいどんな言葉を捜してるんですか?「ダチュラ」キクは答えた。どこの国の言葉なのかはわからないんだよ。店員は自分の体の半分ほどもある英和辞典を棚から降ろし、重そうにDの項目を開いた。しばらく頁をめくって指で字を追い、あれ、これなのかなあ、と声を上げた。でも発音は、ダツラとなってますね、DATURA、ダチュラとも言うのかな、朝鮮アサガオのことらしいですね、ナスの一種だと書いてあります。キクはがっかりした。片っ端から人を殺し物を壊し続けたくなる時のおまじないが、ナスの一種か。店員がポケットから眼鏡を取り出した。ちょっと待ってください、小さな字で何か書いてあります、目が悪いものでね、あ、毒物って説明がありますね。「毒物だって?」キクは顔を上げた。
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