彼が私の娘に目線をやると、娘は恥ずかしがって私の足にしがみついた。

その娘の頬を彼は大きな手で撫ぜて、「こんにちわ、○○○」 と名前を呼ぶと、娘は余計に私の後ろに隠れてしまって、私と彼は声を上げて笑った。


ここから徒歩でいける場所にあるファミレスを探す。

反対の西出口近くにデニーズを発見。

ランチタイム時に入った為、席が埋まっていた。

10分ほど待ち、最奥の角席に案内される。集中して話すにはベストな席だった。


彼は周りを気にしながら座る。その対面に私と娘は座る。

私は自分が緊張しているのが分かる。だから娘にやたらと気配りをして彼から目をそらしていた。

「取り合えず何か食べましょう」 と彼は私にいった。

彼はステーキを頼み、私は娘と一緒にクラブサンドをオーダーした。

今日はいつもより朝はゆっくり出来たか訊ねたら、どれだけ寝てもきっとオレは眠いよと苦笑いをする。

しかしちょっと意地悪そうに、平日に休むのは少しだけ開放感を感じると言って笑った。


オーダーした物が来て、私達は食事をした。

私は空腹感を全く感じていなかった。緊張しているからだ。

それでも緊張している素振りや態度を見せない様気を配った。私は彼の事情を聞くために、この問題の解決の糸口を探すために来たのである。それを一生懸命思っていた。


娘にサンドイッチを食べさせると、彼女は中味のベーコンや卵だけを食べる。

そして彼をじぃっと見つめていた。

彼は自分のステーキの肉を数切れ小さく切り、娘に「これ食べる?」と言うと、娘は静かに頷いた。

彼はフォークで娘の口に肉を差し出すと、娘は口をあけてその肉を食べた。

肉を頬張りながら私を見る娘に「美味しい?」と聞くと、黙って頷いた。

子供への接し方を見ると、その人の生活環境が分かる。

姪っ子甥っ子と一緒に生活している彼の対応が、娘の彼に対する違和感をみるみる薄れさせていくのが分かる。


食事を終える頃には娘も私もそして恐らく彼も、肩の力が随分抜けていた。

食器を引いて貰い、コーヒー2つとをジュースを頼み、改めて私は彼にビザの事を切り出した。

彼は紙袋から十数枚の書類を出して私に見せてくれた。

彼はタバコに火をつける。

そして私が書類一枚一枚に目を通している間、無言でこちらをじっと見ていた。


収容所に居た時に出した在留特別許可の嘆願書への不許可の通知、難民申請への不許可の通知、異議申し立て裁判の時の通知書など、収容されてから仮放免を取得するまでに彼が行動を起こした軌跡を残す物が揃っていた。


それを見てまず私が関心したのは、彼は何も分からず、何もせずに収容されていては居なかった事。

弁護士や行政書士の力を借りてはいないが、彼は彼なりに収容所の中から出来る限りの手続きや申請、嘆願を行っているのである。

自身の問題だから当たり前と取られるかも知れない。

しかし、受け取る結果通知も手続き書類も殆どが日本語なのである。

それを読めるはずも無い彼はそれでも、外にいる親族と一緒にビザや仮放免を取得する際に必要な事を必死に探していたに違いない。

見せてくれた書類の全てにその必死さが伝わってくるようで、私は胸の中が重くなった。


私は彼がどの様な書類を手に持っているのかを全て手帳に書きとめた。

そしてそれらの通知や内容を、彼がどの状態の時に受け取っているのかを細かく書いた。

それは、この先専門家に相談する際に、私が克明に彼の状態を説明できる状態でいるためである。


私が一番気がかりだったのは、「退去強制令書」が彼に対し発布されているかどうか、だった。

この令書は文字通り、どんな理由があろうとも母国に帰りなさいと言う命令書である。

これが出ていたら恐らくもう身動きが出来ない。私はこれが一番怖かった。

不幸中の幸いで、彼にはこの令書が発布されていなかった事に思わず声を出して安堵した。


彼は「無いでしょ?ソレ(令書)。いい じゃない?」 と心配そうに聞いてくる。

私は彼に笑って頷いた。

ソレを見た彼は、対面に座りノートに絵を描いて遊んでいる娘の鼻を摘んだり頬を優しく抓ったり、ちょっかいを出しながら優しい目つきで黙っていた。