電話でお互い都合のいい日を相談した。

彼は3月13日を希望したが、私的には決してこの日は都合のいい日ではなかった。

翌日が息子の卒園式で、はやり前日は式の準備は勿論、心持ちもそれなりに落ち着きたかったからだ。


しかし彼も仕事を休んで出向いてくるのである。

いくら私自身の問題ではないとは言え、一緒に向き合おうと決めた以上は出来るだけの努力はしたい。

だから13日、彼の住む場所寄りの大きな市街の駅で待ち合わせを決めた。


「私、子供を預かってもらえる親元が近くにないから、娘を連れて行くけど良い?」 と聞いてみる。

彼は「大丈夫よ、オレ子供好きだし、あなたの子供に会ってみたい」 と即答してくれた。


ただ、この条件は私にとって全く心配がないわけではなかった。

初対面の男性に我が子をあわせると言うのは、母親の心理からすると少なからず危険なのではないかと思うのだ。そして今回会うのは外人なのである。

彼に対して私は疑う事はしていなかったはずなのに、実際子供を連れて一人のトルコ人と会うという行為を客観的に考えてみると、わずかな心配が胸をよぎる。


13日にはオーバーステイになった時から仮放免を取得するまでに貰った書類を持ってきて欲しい事を伝えた。

この日は彼自身にとって一番頭を抱えている問題がもしかしたら前へ動き出すかもしれない日。

自分にとって大きなメリットがあるかも知れない日に、私達親子に危害を加える事はしないだろう。

私はそう踏んで、娘と一緒に行くことを決心した。


当日、主人と息子を朝送り出し、すぐさま車で駅に向かう。

待ち合わせは大体11時頃と打ち合わせていた。

駅最寄のパーキングに車を停め、そこから数分歩いて駅に行き、電車で約30分かけて待ち合わせ場所に行く。

娘にとっては初めての電車だった。

「今日はお母さんの友達のお話を聞きに一緒に来て欲しいの。お利巧にしていてくれる?」

と車内で娘に言った。

娘はおやつを食べながら、「じゃぁ私はアイスクリームを食べてるね」と嬉しそうに笑っていた。


11時10分前に現地に到着。

メールで彼にそれを知らせると、「後5分で着きます」と返事が来る。

私は若干緊張していた。

それは彼に会うドキドキ感のものではなく、頭部に欠陥を持った私を実際に彼はどう思うだろうか。

私は間接的に知りあって後に出会う、と言うパターンが一番嫌いだ。

実際それで相手が私を見て驚く顔を私自身が目の当たりにしなければいけないからである。


だから多分・・・ではあるが、この時の私は彼の問題を解決するための目的以外だったら、まだ会う事をしなかったんじゃないかと思う。

多少なりとも心を動かされる異性に女では辛い欠陥を見せるには、ある程度相手の度量やこちらへの関心を測ってからじゃないと私は晒す事は出来ないから。


「今着いた。駅の東口で待って」 とメールが来た。

私は娘の手を引き、彼女の歩幅に合わせてゆっくり東出口に向かった。

3月中旬でも十分に外は寒い。外から駅に吹き込んでくる風は横暴で、つい下を向いて歩いてしまう。


娘に気を配りながら、目だけを上にやった。

20M程先にある駅出口の看板地図の前に、細くてデカい外人が一人立っている。

全身からして顔のサイズが実に小さい。そして足がこれまた長い。

まさしく普段接触する事が無い外人そのものの一人の青年が立っていた。


彼は私達を探しているのだろう、キョロキョロと落ち着きの無い目線をあたりに向けていた。


こちらを向いた時、私は手を上げた。

彼はそれで私達を見つけた。そして少し緊張したような顔で微笑んだ。

私は娘を抱っこして、彼の元まで歩いた。

「おはよう、今日はありがとうね」と笑って言うと、彼は握手で大きな右手を差し出してきた。

「私もありがとう」 穏やかに言う。

彼の大きな手を握りながら彼の目を見た。

若干緊張しているのが分かる。陽射しが差し込むと彼の瞳はグリーンだった。

その目は私が写真で見た陰りを見せる瞳ではなく、長い睫から優しい眼差しを見せる美しいものだった。