この前実家に帰った時に
父が私に見せてくれたのは
父の母子手帳でした。
祖母が昨年亡くなり、
片付けに父たちは山梨に行っていたのだけど
その時に見つけたみたい。
深夜の生まれだったんだな、、なんて母子手帳を見ていたら
父の出生図が気になってしまい
家に帰ってから見てみました。
師走も終わるころ
生まれた父はきっと
愛情たっぷりにこの世からの祝福を受けたのだろうと
出生図を見てまず感じた。
生まれてからの日々は
しんどいことの方が多かったのかもしれないし
何故自分が、と思うような扱いも受けてきたと聞いているけれど
それでもこの瞬間は
生まれてきてくれてありがとう、と
今は亡き祖母は泣いて抱きしめたんじゃないかな、と
ふわっと伝わってくるものがあった。
生まれ持った美的センスは今も健在で
その感覚はその辺の女性よりもずっと女性的で
洗練されている。
小さなころから
自分のことがよく分からないから
模索した日々もあっただろうし
その結果母と出会い、
この先の人生を共にすることを決めたんだね。
その辺りの本物を見抜く力は
本当に強いのだと思う。
自分がもつ危うさや儚さのようなものからは
いつも誰かが手を差し伸べてくれるのだけど
その人たちは世間でいう
”変わった人”であったり
”ちょっと怖い人”であることが多かったし
そういう人たちから好かれることが多かったのかもしれない。
距離を取ることだって出来たはずだけど
そんな彼らの正義感が粋だと感じて
その輪が広がっていったんだね。
私の父は人間関係の移り変わりを通じて
人生のステージを上げてきた人。
静かに沈む
社会的に見せていく自分の姿は
確かな重みとなって存在している。
何か行動しようとするとき
決断しようと思うとき
いつも脳裏を過るのは
正しさの中で人生を謳歌すること、だった。
何度か道を外れそうになったけれど
踏みとどまったのは
自分の中にある
正しさ、という枠があったからで
その枠が
自分自身が何者であるか?
という解像度を上げてくれていたのかもしれない。
祖母が母子手帳を大事に取っておいたことも愛情だなと思うし
(びっくりするくらい保存状態が良かった)
その母子手帳を
処分せずに持って帰ってきた父も愛情深い人だと思った。
血のつながりを
星を通じて知れて私はすごく満たされた日になりました。
