男か女かは知らない。長男は携帯で夫と話していたから。
そして夫から 「だいぶ危なかったらしいし10週早い早産で生まれたって」 ことだけ。
「おかぁちゃんは、今では犯罪者になるくらいの『虐待の母親』だった」
「お尻にあざがつくほど、布団たたきで叩かれた」
「サッカーの大会で貰った大事な記念品を怒った勢いで壊した」
「子どもの保育園に迎に行って、園に着いたと言ってるのに30分も電話を切らせてくれない。」
「ウチにくると保育園のお迎えの時間だというのに、居座って帰ってくれない」
等々、2ヶ月ほど前に長男から受けた言葉。そして
「おかぁちゃん」ではなく 「あんた」呼ばわり。
私は確かに虐待と言われるかも知れない子ども達に手を上げてきた。
でもそれは「気分」ではなく「言っても聞かないから」。よく聞く親のいいわけ。
私も自分の中での「酷かった母親」は納得しているし認めている。
私と夫との離婚話がほぼ現実化していた2~3ヶ月前。
私は姉と長男と末っ子に 「おかぁちゃん達、離婚することになったわ」と連絡を入れた。
しかし数日もしたら何故だったか忘れたが「離婚撤回」になったので、末っ子に電話した。
その頃は私の心も頭の中もグチャグチャでとりあえず時間関係なしで連絡取れる
末っ子と「その時間は電話をしてもいい姉」。。。。姉はこちらからの電話はほぼ受けない。
この2人にまず「心配かけたけど離婚の話は落ち着いた」と連絡を入れた。
長男は仕事の都合と家事育児の都合でいつ何時に連絡しあら良いのかわからなかったので
つい「離婚撤回」の連絡をいれるのを忘れてしまった。
長男が末っ子にコンタクト(携帯)をとったときに末っ子から「離婚撤回」の話を聞いたらしく
自分だけ知らされていなかった事を長男が激怒した。
言い訳になるが、ホントに悪気はなく忙しかったのと夫との関係もまだまだ全然
良くなっていないが離婚は撤回と言うことで、夫に心臓も頭も内臓も、そして心も
痛めていたときだったので長男に知らせるのを忘れてしまっていたのだった。
そのことが酷く長男を傷つけたようで激怒して来た。
私は言い訳をして「ごめん」と言ったと思うが、もう説きすでに遅しで
「ごめん」で済まなくなっていた長男。確かに一番相談にのって貰って、愚痴きいて
貰って一番迷惑をかけていたであろう長男だったが、その逆鱗に触れてから
自分を「蚊帳の外」においた私を許せず、怒濤が携帯を通して私に向かってきた。
だが
※「幼稚園に着いたのに『お迎えについたから』と言っても30分近くも電話を切らせて
くれずお迎えに遅刻した」
あり得ない。私に限らなくても普通の常識人だったら着いたと聞いて
切るはず。少なくともこの件に関しては、私は納得できないでっちあげだ。
※「ウチにくると居座って『保育園に迎えに行くからと言ってもなかなか帰ってくれない。
あり得ない。ついつい話し込んでしまうのは確かだが
4時半のお迎えの時間を気にして口にしていたのは私の方だ。
あれこれ言っただの言わなかっただのとやり取りしているうちに。喧嘩になってきた。
いくら長男が30越えた大人になったとしても私は母親だ。
言葉も荒く、昔話を引っ張ってきては「今なら100%子ども虐待で犯罪者だ。」だのと
私を罵り始めた。そこか長男の罵倒が止まらなくなり、私も熱くなってきた。
あまりにも酷い罵倒に、私はl長男に対して
「わかった。そこまで言うならもういい。あんたとは縁を切るわ」
といって電話を切った。
暫く日が過ぎて また夫と揉めた時に、私は長男に電話をした。そうしたら
「そっちが勝手に縁を切ってきたんでしょ。そんなこと知ったこっちゃないわ!」
と長男に言われて電話を切られた。
私にとってあの時の「縁を切るわ」は単なる売り言葉に買い言葉でしかなかった。
ところが言われた本人はそうではなかった。
私の育ちは、複雑それこそ私こそが両親を失い祖父母に育てられた時から始まっていた。
離婚した父は実家の長男だったので私と姉を連れて祖父母の所に置いていき
父親はキャバレーで働いていた浮気相手のところへそのまま転がり込んだのだ。
祖父母は「長男の子どもなので○○家の子どもである。水商売上がりにはやれん」と言って
浮気相手と再婚して「引き取る」という父親の言葉を聞き入れず、私と姉を育ててくれた。
産みの母親そっくりの私は、父親似でおまけに初孫の姉とは大層な差をつけられて
育った。
「何をやっても母親そっくりで恨めしい」
「2番目は男が良かったのに女に生まれてきて必要のない子」
「顔も性格も母親とうり二つで鬱陶しい。居なければよかったのに」
「・・・・めざわり・・・」
などと、物心ついた頃にはもう聞かされていた言葉であった。
だったら何故わたしを別れた母親に渡さなかったのだろう。
祖父母は明治・大正時代の人間。長男の子どもは長男の実家のモノであるからだ。
幼稚園・小学校は姉は綺麗なロングヘア。 私は祖母が切った「クレラップヘア」
姉のように伸ばしたかったが、肩についたら、裁縫の裁ちばさみでいつも切られた。
そんな環境で育った私には「縁を切る」という言葉がそれほどと重い言葉とは
まったく思っていなかった。3度の飯より多く罵倒されながら生きてきたから。
それで小学校5年生の時に洋裁箱の糸切りばさみで手首を切ったこともあった。
あので長男が「縁を切る」にそれほど反応するとは想像もしていなかった。
なので、その数日後で長男に2度目の電話をかけたら、やはり激怒して
猛烈に、私を「あんた」呼ばわりをし、けなし、罵倒し、大げさな盛り付け話を繰り返し
そして更に私が「【縁切り】ということばの勘違いをしていたので謝ろう」かと思っていたが
そんな気をなくさせた長男の言葉が
「知っとる?おかぁちゃんがお父ちゃんに【適応障害】だと
聞いた時に『ざまぁみろ』と思って嬉しかったわ」 だった。
そして
「2番目の子が生まれたら義理として連絡入れたるわ」だった。
そんな気持ちで1年半近くも私の愚痴を聞いたり相談に乗ったりしながら頭では私が
夫からモラハラを受けて苦しんでいたのを 腹で笑って聞いていたのか。
と思うと長男に対して怒りに似た恨めしい感情がわいてきた。
夫は「縁を切るって本当に重い言葉で、そう簡単に口に出る言葉じゃない
○○(長男)がどう受け取るかわからんが、それについては謝った方が
いいんじゃないか」と私に言う。
確かに【言葉の重さ】に関しては 私は未だに『それほどの重さ』を理解していないが
私が夫との間で心の病になって、信じて相談や、愚痴、たまには一緒に長男一家と
食べに行ったり、買い物に行ったりしていたが、長男の頭の中では 未だ夫からの
モラハラを受けているんだと考えていて、腹で笑っていたと思うと謝る気になれない。
そして今夜、夫の電話に長男から2番目が生まれたと電話が入った。
「おかぁちゃんにも伝えておいて」という言葉はなく、
まったく夫にだけ連絡をいれて2番目の子の誕生を報告しただけだった。
長男にとって、私が【縁を切った】のでなく
長男が私に【縁を切った】と言う状態になっている中での子の誕生。
複雑な心境。
長男の嫁と子どもには罪は何のだが、なんだか胸の辺りがつっかえる感情。