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「毎日新聞」 夢むげんだい:フィギュアスケート選手・鈴木明子さん



◇摂食障害を克服、リンクに戻る一心で--鈴木明子さん

 「リンクに立てる喜びを感じ、生きていることに
心から感謝しながら演技し、同じ病気で苦しむ人たちが
元気になるきっかけに」。
摂食障害を克服したフィギュアスケート選手の鈴木明子さん(23)
=豊橋市、邦和スポーツランド所属=は
08年のGPシリーズNHK杯で2位に輝き
国際大会の代表選考を兼ねた全日本選手権で4位に入って
4~7日にカナダ・バンクーバーで開かれる4大陸選手権に出場する。

 習い事の一つとして4歳から豊橋市内のスケート教室に通った。
滑ることが好きになり、6歳からフィギュアを始める。
優れた表現力でジュニア時代から頭角を現し、安藤美姫選手(トヨタ自動車)
らとともに特別強化選手に選ばれ、高校1年で全日本選手権に
初出場して4位になった。

 03年に東北福祉大学へ進学。仙台に練習拠点を移し
初めて親元を離れた。
練習も一人暮らしも完ぺきにこなそうと自分にプレッシャーをかけた。
「絶対に太らないぞ」
と食事制限をしているうちに食事がのどを通らなくなった。
身長161センチで48キロあった体重も3カ月足らずで32キロまで落ちた。
実家に戻り、病院で病名を告げられた。
「摂食障害」だった。病気を認めたくなかった。
食事をするという当たり前のことができないのが苦しく、眠れない日が続いた。

 しかし、スケートへの思いは募る。
復帰するには「まずは体力を付けること」。
病気を受け入れ、三食しっかり食べるのではなく
おなかがすいた時に食べるようにしたら楽になった。

 19歳の誕生日でもある04年3月28日、荒川静香さんが
世界選手権で優勝する姿をテレビで見た。
「もう一度、リンクに戻りたい。滑りたい」
という気持ちが心の底からわいてきた。
母の「スケートが出来るだけで幸せでしょ」という言葉にも支えられた。
07年3月に大学を卒業し、4月から邦和スポーツランドの契約選手となった。
「あの1年があったからこそ今の自分がある」という。

 「来年のバンクーバーが五輪代表に選ばれる最後のチャンス。
悔いのないように練習して選考に照準を合わせたい。
2月の4大陸選手権はそのためのステップ。今できることを出し切りたい」。
苦しみを乗り越え、充実した日々を過ごしている