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にエヴァン・ライサチェク選手の記事がでていました。



 

個人的な悲劇があった後、スケートは心の中の避難所だった。
そして、ライサチェックはこの2、3カ月はとても忙しかった。
7月には日本へ2回も行った。
横浜でオリンピック金メダリスト荒川静香の
「フレンズ・オン・アイス」に出演。
そして名古屋で浅田真央のショーにも出演した。

ライサチェック
「名古屋でトレーニングをする機会を得ました。
素晴らしいリンクで、まるで5つ星ホテルに入っているようでした。」
(オーロラリンクですね。)

また、2回の日本の旅行の間に
韓国・ソウルでアイスショーに参加した。

ライサチェック
「韓国のファンは素晴らしかったです。
スケートをしていて一度も経験したことがない熱狂的な声援でした。
彼らはショーに熱心でした。私はそのことにとても感謝します。
本当に夢のようなショーでした。」



6月にライサチェックはロシアに向かった。
そこで彼はおよそ3週間、タチアナ・タラソワに指導を受けた。
SP、「ボレロ」
FP、「ラプソディ・イン・ブルー」の振り付けを依頼した。
それは、彼がそれまでに経験したことがないような
創造的な共同作業だった。

ライサチェック
「私は音楽も振り付けも彼女に任せ、何も言いませんでした。
それはまさに私が求めていたことです。
私は、私のスケートを改革して、私のスケートスタイルを
再改革してもらうようにタチアナに頼みました。
うまくいけば、彼女はその振り付けに誇りに思ってくれると
いいと思います。
私は自分の演技に誇りを持てるように一生懸命トレーニングして
タチアナを代表するような振り付けにしたいです。
タチアナは誰とトレーニングや振り付けをするか非常に選択能力があるので、
本当に彼女の代表するようなものになりたい。
私がすでに持っている部分をなくし、スケートスタイルを変えて、
新しいものに合わせるのは大変な作業でしたが、良い出来なのではないかと思います。
それは、誰かが贈り物を私に与える時に似ています。
自分では選ばないものを贈られる・・・。
そ私は'自分でこれを一度も買うことはないだろう'と思います。」



6日~10日ほどでSP、FSのプログラムが出来上がったという。
そして、ロシア滞在での残り時間は
彼の新しいスタイルに取り組むのに費やされた。
1人でロシアに行ったがアメリカに帰ってきて、
ロサンゼルスの彼のトレーニングチームが
新しい彼を受け入れていれてくれたそうだ。
ただ、

「新しいエヴァン」

が少しの驚きだったとも言われたそうだ。
(もう黒づくしのエヴァンは見られそうにないですね^^;)


ライサチェック
「衣装は私が今までに着たことがないようなものです。
衣装のことにはなるべく黙っていようとベストを尽くしましたが、
あまりにも?な時は・・・時々、私は口を挟んだりもしました。
私が言うことができるのは、タチアナ・タラソワが
まさに私がお願いしたように
私のスケートを改革してくれたということです。」


[これまでうまくいっているのにどうして自分を改革するのですか? ]

ライサチェックは
「改革はすべてのスポーツ選手が直面している成長の一部です。
ここ2、3年間は自分がスケートで何を表現したいのか
よく考える時間を自分に与えなかった。」


ライサチェック
「今、自分を改
革するための時間があると感じました。
私は皆ちょっと改革しなければならないその機会を利用したかったです。
私はできるだけ一生懸命それを私自身のものにするため
取り組んでいます。」


「毎日スケートができることに感謝しています」

と、彼は言い足します。

「ここ数カ月私の周りで起きたことは悲しいことばかりだった。
ですが、私は、本当にスケートができて幸せですし
本当に感謝しています。」