地位か名誉か金か、いや

     大切なのは目的だ

                       
         (薩摩藩士)実業家   1836〜1885
 
         Shoin Godai Tomoatsu.jpg
 
 
 

    ◇1836年2月12日生まれ

 

    ◇江戸時代末期から明治時代中期にかけて

      の日本の武士、実業家

 

    ◇薩摩国鹿児島城下長田町城ヶ谷生まれ

 

    ◇父は薩摩藩の記録奉行だった

 

    ◇逸話として14歳のときに、琉球交易係を兼ね

      ていた父親が、奇妙な地図を広げて友厚を

      手招いた。見せたものは、藩主・島津斉興が

      ポルトガル人から入手した世界地図だった

 

 

 

 

      友厚は父からこの世界地図の複写を

      命じられる。友厚は地図を2枚複写し

      そのうちの1枚を自分の部屋に貼った

  

     ◇五代友厚らが輸入した紡績機械に

      よって「鹿児島紡績所」が建設され

      日本の紡績産業の源となった

 

     ◇現在、造幣局の本局は大阪にあるが

      これは五代が造幣局の前身である造幣

      寮を大阪に設立したことに起因している

 

     ◇紡績、鉱山、製塩、教育などさまざまな

      事業に携わり多くの会社、学校を設立し

      大阪株式取引所(現・大阪証券取引所)

      大阪商法会議所(現・大阪商工会議所)

      を立ち上げ「大阪の父」「大阪の恩人」と

      言われるようになった

 

     ◇若いころは水兵に紛れて、上海で西洋

      文物を見学した

                 
                 (OWlさんの投稿より抜粋)
 
 
       五代友厚さんが親友の大隈重信さん
       に送った言葉で、大隈さんの弱点を
       戒めたものだと言われている言葉

 

 

     1. 愚説愚論だろうときちんと

     最後まで聞いてあげること


     2. 自分より地位の低いもの

     が、自分と同じ意見なら

     その人の意見として採用

     すること。手柄は部下に

     譲ること


   3. 頭にきても大声で怒気怒声

     を発しないこと


    4. 事務上の決断は部下の話

     が煮詰まってからすること


   5. 自分が嫌っている人にも

     積極的に交際を広めること

 

                      (浜本哲治)さんより引用

 

 

   五代友厚の名言集

 

 

 

       死んでも五代の築いた

      大阪は残る

 

     ・勝たなあかんで。負けの

      人生は惨めや負けたら

      あかん。他人やない

      自分にや

 

       仕事は命がけや。死んでも

      仕事は残る。そういう仕事を

      せなあかん

 

     ・自分が嫌ってしまえば、相手

      もまた自分を嫌ってしまう

      ゆえに気のすすまない相手

      とも積極的に交際をすること

 

     ・怒りにまかせ、怒気怒声を発

      すれば、あなたの徳望を失う

      ことになる

             『マルチョン名言集・格言集』引用

 

 

        *人徳者の五代友厚様・・・葬儀の日

          の4500人の参列者の”想いの光”

          は感動して涙が止まりませんでした

 

          借金しか残さなかったという五代友厚

          妻豊子さんは生涯をかけてその借金

          を返済したといわれています

 

 

        田中監督は、春馬くんに

        五代友厚から大隈重信に宛てた手紙が

        あるんです。それを彼に見せたら

        “僕、五代友厚が腹に落ちました”と言って

        くれました。その手紙のなかには人を思う

        気持ちや、社会をどう見ているかといった

        ことが書かれていて。“自分の生きざまと

        共感できるところがある”といったことを

        言っていましたね。

 

 

          12月18日(金)11:08配信の女性自身に、監督が

          見せたという、大隈重信に送った手紙の内容が

          語られていました 

                 

 

 

田中光敏監督がブログで「手紙」と題し

書かれた「手紙」

 

                            2020年7月21日