昨日の夜は久々に、『PUZZLE』のソロCDを聴きながら眠りにつきました

ソロCollectionは、このアルバムが発売されてすぐに何度か聴いて、それから、自分でCDをかけたのは3度ぐらい…
聴くのはいつも『PUZZLE』のメインアルバムばかり。
∞みんなのソロもすごく好きだし、もっとたくさん聴きたいんだけれど、でも、
ソロCDは聴きたくない。。。
その理由は横山裕。
ヨコの歌う『413man』を聴くと、涙が止まらなくなってしまうんです
初めてこの曲を聴いた時も、ボロボロに泣きました。
カウコンでヨコがこの曲を、大好きな∞のメンバーと聴かせてくれた時も泣きました。
うちは、小さい頃から両親共に働いていて、父方の祖父母に育てられました。
おじいちゃんはとても頑固で口数も少なくて、でも卵焼きも魚を焼くのもすごく上手で、いつも優しかった。
おばあちゃんはいつも明るくて、昔の歌や踊りをたくさん教えてくれた。
それから隣町には、母方の祖父母が住んでいて、毎週の様に家族で遊びに行ってました。
母方のおばあちゃんは頑固で、孫がきても「うるさいよっ」て怒るような、気の強い人でした。
母方のおじいちゃんは、すごく優しくて、温かくて、小さくて可愛いおじいちゃんでした。
だから私は、このおじいちゃんが1番大好きでした。
天皇様から表彰されるぐらい菊を育てるのが上手で、おじいちゃんちの庭にはいつもたくさんの、顔ぐらい大きな菊の花がありました。
おじいちゃんちは床屋さんで、昔からいっつもおじいちゃんに髪の毛を切ってもらってました。
床屋で走り回って遊んでも、おじいちゃんは全然怒らなくて、いつも笑っました。
大きくなるに連れて、家族で出かけることもなくなり、隣町のおじいちゃんちに行くことも減って、、、
中学2年の頃、一緒に住んでいたおじいちゃんが亡くなり、それからすぐ、母方のおばあちゃんも亡くなり。。。
その頃にはもう、床屋も閉めていて、久しぶりに見たおじいちゃんはとても小さく、弱々しくなってました。
おじいちゃんは、5つ歳の離れたお姉ちゃんよりも、3つ下の弟よりも、私を1番可愛がってくれました。
成人式の時には振り袖姿をおじいちゃんに見せに行ったら、すごく喜んでくれて、並んで写真を撮った時、隣のおじいちゃんがすごく小さくて、いつのまに私、おじいちゃんよりこんなにも背が伸びたのかなって寂しくなりました。
いつも恥ずかしくて言えなくて、でもその時、おじいちゃんに「ありがとう」って言ったんだけど、耳が遠くなってたおじいちゃんには、私の小さな「ありがとう」は届かなかったみたいで。。。
それから、なんだか照れもあって、すぐ会いに行けるのになかなか会いに行く勇気が出なくて、
そして大雪の降る真冬のある日、おじいちゃんは亡くなりました。
久しぶりに入ったおじいちゃんちは、昔と何も変わってなくて、テレビの台の横に立て掛けられたボードには、写真がたくさん飾られていました。
その中で、1番大きな、目立つ写真。
成人式の日、2人で撮った写真でした。
なんであの日、もっと大きな声でちゃんと、おじいちゃんに「ありがとう」って言えなかったのかなって。
貸家だったおじいちゃんの家は、もう古いから取り壊されてしまうそうで、お葬式の後みんなでおじいちゃんの家を片付けました。
走り回った廊下も、ギシギシ音のする玄関も、床屋の赤いベンチも、途中で新しく買い替えたシャワー台も、いつも顔に乗せられてた熱いおしぼりが入ってた機械も、子供心に「落ちたらどうしよ」と怖かったぼっとん便所も、
もう全部、なくなってしまいました。
おじいちゃんが大切に育てていた菊も、おじいちゃんちから見えた景色も、全部、なくなってしまいました。
思い出が片付けられてしまったあまりのあっけなさに、おじいちゃんがもういないコトを、私、記憶から消してしまっていたみたいで、『413man』を初めて聴いた時、
おじいちゃん、元気かなぁ
なんて思ってしまいました。
そしたら、あっおじいちゃんはあの日亡くなったんだ…と現実を思い出して、涙が止まらなかったんですね
忘れてたなんて、ホントバカだな、自分(苦笑)
だからヨコの『413man』聴く度におじいちゃんを思い出して、涙を堪えるコトが出来ないから、毎日なんて聴いていられないし、聴けないんだな。
横山裕がきっと、温かすぎるからっていうのもありますし。
歌はお世辞にも上手いとは言えないかもしれないけど、誰よりも心に響く、温かい歌を歌えるのは、ヨコにしか出来ないことだと思います。
やっぱりヨコは、そこに居るべき人で、てっぺんに在るべき人だと思います。
そんなヨコに、ヨコが「413man」になる日まで、ずっとついていきます。
“ありがとう”