宮里藍さんが、引退を発表されましたねおねがい

4歳からのゴルフ生活、本当にお疲れ様でした!


わたしも(下手ですが)ゴルフをやっていたので、宮里藍さんのクラブセッティングを雑誌で見たり、試合を観に行ったり、ブレないスイングの特集をテレビでみたり、なんだかんだよく見ていました。ウェアも藍ちゃんコラボのものを買ったり笑


試合で実際に彼女を見ると、すごく華奢で小柄な体格にビックリしました。
あの小さな体から、正確なショットが繰り出されるわけです。


現役引退、本当にお疲れ様でしたおねがいおねがいおねがい

ストレス、プレッシャーもすごかったと思います。
今後もまた藍ちゃんのゴルフをする姿を見れるのを、たのしみにしています。
こちらを読みました。

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川上未映子さんの、きみは赤ちゃん。

この本が単行本で出た3年前、出産and子育てしていた大学時代の友人から、本気でオススメされていたものの、当時のわたしには出産にまつわることが自分には遠すぎて、しばらく存在を忘れていました。
その頃結婚もまだしていなかったわたしにとって、妊娠や出産、そしてそこから20年間毎日ぶっつづけの子育てについてなんて、遠い異次元の出来事のように感じていました。

しかし今月、文庫化されたので偶然本屋で見つけ、手に取ったわけです。



基本的には明るくて笑いに満ちた妊娠期間1年弱、出産後の1年、計2年の赤裸々なエッセイなんですが、
読み終わった清々しさは、なかなか味わう機会のないような明るい光の中に包まれているような気持ちになりました。

想像したのは、

母からわたしへ。
祖母から母へ。
曾祖母から祖母へ。
さらにそのおばあちゃんから、、、

と、連綿と続く女たちの人生、そして付随するその夫たちの人生、そんな生命の営みが、何十年も何百年も黙々と続けられ、いま自分がここにいるんだな。という、守られている実感でした。

わたしは、わたしが赤ちゃんだった頃のことなんて全く覚えていなくて、
今のわたしなんかより全然若い歳の父と母が、ちいさくて柔らかくて白くて丸い雪見だいふくみたいな赤ちゃんの姿のわたしを大切そうに抱っこしている写真を見ることくらいしかできないのだけれど、でもきっと、いや絶対に、大切に大切に育てられたんだろうな、という実感を改めてすることができたりとか、

今月還暦祝いの父も、いまはとっても威厳があるけれど、でもきっと初めての子供であったわたしに、小さすぎて抱っこするのが怖かったりだとか、何もかもが初めてで、手探りの中、毎日母とわたしを守ってくれたんだろうな、とか、

いまでもよく一緒に買い物にいく大の仲良しの母は、25歳でわたしを産んで、母の人生の大切なもの、何もかもを全て注ぎ込んでくれたんだろうな、とか、

そういうのを想像することしかできないけれど、でもなんだかすごく実感することができました。



今は夫婦2人の世界だけど、もしいつの日か3人目の家族を迎えることができるのなら、子育てという、有限の時間を、心ゆくまで味わおう。
子育ては約20年間という期限付きなんだから、永遠に続くものじゃないんだから、たとえ毎日毎日しんどいと思ったとしても、きっと終わって振り返ってみると二度と戻ることはできないキラキラした道程なのだろうから。



リリーのすべて という映画を観ました。

性同一性障害についての話です。


以下ネタバレ有りです!






夫アイナーと妻ゲルダは、画家であり夫婦であった。
しかし、ふとしたことがキッカケで、元々アイナーが内にに秘めていた、リリーという女性の人格が表面に現れてしまう。
アイナーは、性同一性障害であった。
昔のドイツが舞台の映画だが、昔は性同一性障害という言葉はまだまだ周知されていない時代。
たくさんの医者に診てもらったが、アイナーは精神病扱いされるばかりだった。

どんどん男であるアイナーでいる時間が短くなり、女であるリリーの時間が長くなっていく夫。

悩んだ末、アイナーは性転換手術を受けることになる。
性転換手術は、まだ、世界では誰も受けたことのない危険な手術であった。

2回に分けた手術のうち、2回目の手術でアイナー(リリー)は命を落とす。






というあらすじです。

これは実話だそうです。
アイナー(リリー)がずっと書き続けた日記は、本にもなりました。



この映画を観て思ったことは、
まず、性同一性障害の辛さ。
身体の性と、心の性が一致しないということは、どんなに辛いことなんだろうと、初めて気付きました。
現代の性同一性障害についてのニュースを見ても、性同一性障害というものがどういうものなのか、知識はあったけれど感覚的にいまいちピンと来なかったものがありました。
体の性に、心の性が追いついてくるものなのかと思っていました。
本当に恥ずかしながら、性が違うなと思っても、仕方ないと受け入れればいいのでは?とさえ、思っていました。
しかしそれは完全な間違いでした。
自分が男性なのか女性なのかという問題は、1番の根本、人間のアイデンティティに関わることでした。
映画の中のアイナー(リリー)は、本当に辛そうでした。
命を落とす可能性が高い手術を受けてまで、心の性に合わせて、間違った体を正そうとしたのです。

しかし、最後の手術の前日に、妻ゲルダと別れた後に、男アイナーとして泣く、というシーンもありました。
愛する妻を、男として守ってあげられなかったことに対してでしょうか。見ていてわたしも涙が出ました。




もうひとつは、妻ゲルダの、愛について。

愛する夫は、徐々に男でいる時間が減り、女リリーというもはや別人格になっていきます。
ゲルダも最初は戸惑っていましたし、
リリーに対して、「アイナーに会いたい、アイナーに抱きしめられたい」と泣いて訴えるシーンもありました。
しかし、徐々に全てを受け入れ、手術を応援します。
男であるアイナーというより、アイナー(リリー)をまるごと受け入れ、その人間自体を愛しているのだなと感じました。
すごいことです。




隣でゴロゴロしながら一緒に映画を観ていた夫を見て、わたしも、最初はもし夫が女になっちゃったらどうしよう、おじいさんになってもずっと男らしく守ってほしいし、夫が女になっちゃったらやだな、なんて、話していたんですが、最後の方は、泣きながら、もしこの人(隣でゴロゴロしている夫)が男でも女でも、わたしもゲルダのように受け入れよう、人生で1番好きなひとなんだから、彼のしたいような人生を応援しよう、と涙が溢れました。
愛とは、男女という概念を超えて、そのひとを丸ごと受け入れることなのかなと思いました。
この映画のゲルダのように。




性同一性障害について、そしてその辛さについて、やっとわかりました。
本当にこの映画を観てよかったです。
現代はLGBTの人たちが、昔よりは生きやすい時代になってきたのかな?と思います。まだまだなんだとは思いますが。。。
彼ら彼女らの気持ちに、ほんの一億分の一でも、やっと気づけました。
今まで気付けてもいなかったことが恥ずかしいくらいです。

今後は、LGBTについてのニュースなどを観ても、見方が変わるだろうと思います。

こうやって、読書や映画で、世界の見方を変えてもらえるのは、本当に素晴らしいことだと思います。
世界にはまだまだわたしなんかには見えていない部分がたくさんあると思います。
もっと見聞を深め、知識をつけ、より深い人間になれたらいいなと思いました。