早くも9月がニ週終わりましたね。まだまだ暑いですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。
先週はちょっと色々ありすぎたので、少し整理してみたいと思います。

タイトルで予想のつく話ですね。

前回日記参照、見舞いに行った祖母が長い旅に出ることとなりました。
こんな時、どんな顔をしていいのか悩みます。

100を超える大往生。
入院する直前まで自分のことをしっかりできて。
モリモリ食事して。
酒飲んでる子供や孫に説教してくれるような祖母。

個人的には
ばあちゃん頑張ったね、お疲れ様!!
というのが本音です。

病を患って寝たきりだったわけでもなく、見送りに集まる親族は娘、娘婿、孫、ひ孫が中心。
孫は9人。一番上は私の10コ上、一番下は私の5コ下。
※私のいとこに当たります。
ひ孫も一番上が23歳?一番下が1歳ちょっと、合わせて15人のひ孫たち。
※学校が始まっていたのでうちからは私だけ。
そんなひ孫たちの名前を誰より覚えていた祖母。

入院してから1ヶ月に満たない間の出来事で驚いたけれど、理想的な最期だなと思ってしまいました。
私の母を始めとする娘たちからしたら相当ショックではあると思うので、音声にはせずここに留めておきたい。

大正生まれ、昭和、平成、令和と生き抜いてきた祖母の人生は壮絶だったと思います。
特に昭和。

久々に揃った親族たちは年齢を重ねた姿ではあったけれど、雰囲気は相変わらず。
年上の従姉妹たちは見た目も全然変わっていなくてびっくりしたり。
大きなお嬢さんがいると思ったら従姉妹の子供だったり。

そりゃそうよね。
うちの娘が高校生だもの。
それでも4歳くらいに会った時のイメージしかない子が、立派なお兄さんになっているのを見て流石に歳を感じたのも秘密。

地域によって葬儀の作法が違うので興味深く見てたんだけど…

この地域のお坊さまはとても美しくハモる。
お経って眠くなるものだと思うじゃないですか。
めっちゃハモる。

こんなに聞き応えがあるものなのか、と感動します。



年に2回会いに行っていた祖母がいなくなることは寂しいけれど。
心の奥から願うことは二つ。

ゆっくり休んでほしい。
そして生まれ変わったらまたばあちゃんの孫になりたい。

改めて追悼の意を記すとともに、皆さまへのご報告とさせていただきます。

見知らぬ婆さまのお話で恐縮ですが、そんな婆さまがいたんだな〜と思っていただけると幸いです。
ここまでお読みくださり、ありがとうございました。