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1.17
阪神淡路大震災から29年
忘れもしない、あの激しい揺れ。

当時私は神戸市東灘区の学校学校に通っていて
大学3回生でした。

早朝、布団の中でウトウトしていたら突然
下からドーン!」と突き上げ
そのあと横揺れが何分か続き
なかなか揺れがおさまらなくて
家が崩れるかと思いました😓

机の引き出しは飛び出し
トイレのドアは歪み
壁にはヒビが入ってました🏘

ようやく余震がおさまり、テレビをつけたら
見慣れた神戸の街が焼け野原に


まるで空襲を受けたような光景

地獄絵図でした

毎日、友だちと歩いた神戸の街が
一瞬で変わり果ててしまいました😢


バイト先では
長田から通勤されてたパートさんが亡くなり、
ひとり暮らしだったから
身元確認に来てほしいと連絡が来て
店長が確認に行きました。

タンスの下敷きになって
鼻も折れていたと聞いたけど店長は、

「穏やかな表情だったよ」
教えてくれました。


線路もぐちゃぐちゃでJRはストップ🚃
復旧にはかなりの期間がかかり
大学に行けたのは、4回生になってから学校


駅から大学までは閑静な住宅街なんですが、
ぺしゃんこになった家
斜めに傾いたままの家がまだたくさんあり
ここで大勢の人が亡くなったのかと思うと
前を通るのがすごく怖かった悲しい

潰れた家を見ないよう目を伏せて
早足でキャンパスに向かったのを覚えています。



落語家
桂福丸さんは神戸市東灘区の出身
学校近くに焼き芋の屋台が来たんですよ。
そのおっちゃんが、子どもの拳くらいの焼き芋を1個2千円で売り始めて。

「人でなし!」「何考えてんねん!」
被災者が怒鳴っていました。
その横で、いつ物資が届くか分からないから買う人もいた。
おっちゃんは無表情で売り続けました。
当時、私は高校1年生。
すごい光景を見ましたよ、えぇ。

一つの避難所に
人の冷たさと温かさが詰まっていた
それで漠然と思ったんです

「人を幸せにする仕事がしたい」

これが、僕の原点です。



鏡に向かってニカッ爆笑気づきと笑えば
まだ自分の中にこんな元気があったんだと気づく

笑うと余計な力が抜けて
どうしようもないことも
どうにかなる⤴️と思えてくる

余計がないときこそ、笑いを。

生きる力が湧いてきますよ💪




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