エルヴィスとエルトン・ジョン(5/5/2024更新) | MY HAPPINESS

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<2024年米国議会図書館ガーシュイン賞>

 

TIGER MANの掲示板に書き込み頂いた情報を転載させて頂きます。

 

エルトン・ジョンのエルヴィスに対する最新の称賛


2024年3月30日、ワシントンのDARコンスティテューション・ホールで開催された「2024年米国議会図書館ガーシュイン賞ポピュラー・ソング部門」で講演するエルトン・ジョンとバーニー・トーピン。

伝説的なソングライティング・パートナーである2人が、影響を受けた作品、長年の関係、音楽史における位置づけについて語る。

エルトン・ジョンのスピーチの中でエルヴィスについてのコメント部分の要約


「私はロンドン郊外で幼い頃、ナット・キング・コール、
ドリス・デイ、ダイナ・ワシントン、エラ・フィッツジェラルド、
ビリー・メイと彼のオーケストラなど、50年代の素晴らしい人々を聴いて育ちました。

そして突然、エルヴィス・プレスリーの「ハートブレイク・ホテル」を聞いて、私の世界は一変しました。
そして、それができたのは神に感謝します。
なぜなら、母がSP盤を家に持ち帰ったのを覚えています。それを聞いた後、私がやりたかったのは、ロックンロールを演奏することだけでした。

そしてもちろん、ジェリー・リー・ルイス、リトル・リチャード、ファッツ・ドミノ、レイ・チャールズといった偉大なピアノ奏者たちがやって来て、私の人生も変えてくれました。

アメリカ、世界中で私たちに音楽を与えてくれてありがとう。それはあなたが持っている信じられないほどの遺産です、

すべての素晴らしいブルース、ジャズ、クラシック音楽、ガーシュイン兄弟が書いたすべての曲、それは本当に信じられないほどです。」

 

 
こちらが受賞式の動画です↓

 

Mバンドさん、情報ありがとうございました。

 

 

☆その他、エルヴィスとエルトン・ジョン関連をまとめました。

 

 

<リサ・マリーとエルトン・ジョン>

 

リサ・マリー・プレスリーはエルトン・ジョンのファンでした。TNelvisさんのブログに、リサとエルトンの写真がアップされています↓

【追記 5/5/2024】

 

1975年2月1日、リサの誕生日のお祝いに、リサがエルトンに会えるようにエルヴィスがアレンジしたそうです。エルヴィスはこの時、病院にいた(入院?)とのことです。

 

下に貼ったインスタの情報を参考にしました↓

 

 

<ハートブレイク・ホテル>

 

ガーシュイン賞でもエルトン・ジョンが語っていますが、下に貼った記事にも「ハート・ブレイク・ホテル」について書いてありました。

エルトン・ジョンは子供の頃、母親が『ハートブレイク・ホテル』を持ってきたのをきっかけにエルヴィスを知った。「そのレコードがすべてを変えたんだ」。 と彼はガーディアン紙に語った。ジョンはそれ以来、エルヴィスの音楽が彼自身の音楽のインスピレーションの一部だったと語っている。

18 Music Stars Who Were Influenced by Elvis (biography.com)

 

 

<エルヴィスのショー>

 

エルトン・ジョンは、1976年6月27日、メリーランド州のキャピタル・センター公演(イヴニング・ショー)を見ています。ショーが始まる前(終わった後という説もあり)に、バック・ステージでエルヴィスと会っていて、その時に、エルヴィスの体調が悪そうに見えたとのことですが、音源を聴く限りではテンション高くて声も出ていると思います。この日は「Hurt」を3回も歌っています。この曲は繰り返し歌うことはありますが、3回も歌ったのはエルトンがいて張り切っていたからかもしれませんね~。(この曲に関しては過去に投稿しています。Hurt♪ 

 

ヴェガスと違って、他の場所では有名人が観客席にいても紹介することは滅多になかったそうで、この日もエルトンの紹介はありませんでした。

 

下に貼ったこの日の音源のコメント欄に、ショーのオープニング(ツァラトゥストラはかく語りき)のところで、観客席から”エルトン・ジョン”と言っているのが聞こえると書かれています。そう思って聞くと、そのように聞こえなくもないです。

 

下に貼った記事によると、エルトンは、”ツァラトゥストラはかく語りき”の演奏が始まってから席に着き、多くの観客が大きな白い眼鏡をかけたエルトンに気づき始めたと書かれているので、オープニングのところで”エルトン・ジョン”という声が聞こえたとしても不思議ではありませんね。

Crocodile Rock Meets Jailhouse Rock (elvis-collectors.com)

 

 

ところで、エルトンがエルヴィスと会った時に、エルヴィスの曲を書きたいと申し出たという情報もあります。実現していたとしたら、どんな曲を作ったのでしょうね。

 

 

<トリビュート・ソング>

 

アルバム『Peachtree Road』(2004年)に、エルヴィスへのトリビュート・ソング「Porch Swing in Tupelo(邦題:あの軒先のブランコ)」が収録されています。

 

ポーチ・スウィングとは、玄関ポーチにつり下げられたブランコ式の椅子のことです。この曲のタイトルは、テュペロの Elvis Birthplaceにあるポーチ・スウィングのことですね。(下の画像)

 

 

 

☆ Elvis Birthplace のHP

https://elvispresleybirthplace.com/

 

 

<追加情報 5/5/2024>

 

XJさんからの情報です。ありがとうございます。

 

1975年のコンサートでエルヴィスが”エルトン・ジョン”と叫んでいると教えて頂きました。詳しくはコメント欄をご覧ください。そちらに音源も貼ってくださっています。

 

今調べている限りでは、エルトンがエルヴィスのショーを見たのは1976年だけで、他に情報がありません。実際にエルトンがいて名前を呼んだのか、何らかのジョークなのか。真相をご存知の方おられたら教えてくださいませ。