8月に入ってから、私はかつて無いほど髪色を明るくした。

行きつけの美容院で、スタイリストさんに

「夏だから?」

と聞かれたが、月並みな理由は建前だ。見た目を変えればこれまでの殻を破ることができるだろうと目論んだからであった。グレーから暗い茶髪になり、意図しない色にグラデーションするプリン頭を見ていると、胸の底で渦巻いている不安まで、濃淡の強弱を見せつけられているようで嫌になった。

全て終わってから鏡を見ると、
艶のある柔らかなブラウンが揺れた。
新しい色は涼やかで、嬉しい気持ちになる。
ついに、夏になった。


私は、この個人経営の美容院に行き着くまでにかなりの年数がかかっている。中学生の頃から美容院難民となった。3人がかりで髪を乾かされる美容院、激しいドライヤーの中で個人的なことを聞かれる美容院など、さまざまな場所を渡り歩いている。変化球の質問に対してストライクを打てるのか?いつもみぞおちに滝汗が流れるほど緊張し、落ち着かないことが何年も続いた。


やがて、美容院に電話をかけることも気が重くなり、大学生の頃は自分で髪を切ることも多々あった。
お団子にまとめてしまえばバレないものである。
でも、身近な友人が本当は気づいていたのも知っている。髪を染める気には一切ならなかった。


この時、周りの子がみな垢抜けていることに驚き、とてつもないコミュ力を持っているに違いないと思っていた。私には美容院は心労に耐える場所という認識しかなかったからだ。美容院が辛いことなんて、誰にも言えない。既におしゃれ番長に昇進し、役職を得た女の子たちに話せる勇気はなかった。そして、自分は仕方無いと半ば諦めの境地に達していた。

やがて、多くの人がひしめき合う美容院からあるスタイリストさんが独立し、個人経営を始めることを知った。そういえば、一度切ってもらって不快感がなかった人だ。私は「個人経営」という響きに胸の高鳴りを感じ、期待して行ってみることにした。




今行っているこの美容院は、いつも新鮮な気持ちにしてくれる。

スタイリストさんは、お喋りが大好きでたまらない、というタイプでは全くない。なりたい髪型の写真を何枚か見せると「あ、〇〇って感じですかね?」と簡潔なやり取りを交わし、さっそく始まる。私は本当に伝わっているのか、いつも先行きを案じる。

いざ始まると、スタイリストさんは何故か前回の話題をいつも詳細に覚えてくれている。シャンプーが終わった後には、私が最後に開いていた雑誌のページを開いてくれる。自然な流れに見せているが、とてつもないVIP待遇、プロ意識だ。気遣いの定義や正解は私にはわからない。受け取り方は人それぞれだろう。だが、一対一の空間で織り成されるスタイリストさんの流儀に、なんて人との距離感に長けた方だろう、と尊敬の眼差しを向けずにはいられない。

スタイリストさんの持つゆるい雰囲気と、写真通りに整えられた自分の髪型を見比べると、完成度のシャープさが際立って見える。

間違いなく、かっこいい。