真っ白な部屋で、私たちは向き合って座っている。人が入れ替わっても、その問診は変わらない。

 

 
 
「ここ2週間で、ボトックス注射やヒアルロン酸注射はしましたか?」
 
 
ふと、顔を見上げると白衣を着た女性の医師がこちらをじっと見ていた。2つのブラックホールからこの部屋の闇が漏れ出しているのだ、と勝手に思い込む。心が落ち着かないのに、目を離すことができない。
 

「していません。」

 
実験動物になった気分で、言われるがままに答えていた。

 
「鼻にプロテーゼは入れていますか?」
 

その質問がくる前から、私は女性医師の鼻ばかりを見ていた。眉間から鼻先までのカーブは黄金比をなぞらえているのだろうか。『完璧』と言わせたい高飛車な雰囲気を醸し出している。艶のないマネキンの質感に私は息を飲み、大きすぎる黒目と、自然と不自然の間をさまよう長い睫毛は、現実離れした美しさを放っていた。見とれてしまう一方で、そのパーツ一つひとつに命は吹き込まれているのか不安を抱かせた。
 
 
私はニキビが酷いからどうにかしたい、という目的でこうした場所に来ていた。
それ以外の理由で訪れたこともある。
 
 
「美容医療」という宣伝文句は、背負わされた運命を変える夢のような手段だと思う。
待ち時間に、メニューの載せられた分厚い冊子をめくった。
そこにはヒゲ脱毛、しわ取り、豊胸、二重瞼といった文字が派手なピンク色で踊っていた。読んでいて2つ驚いたことがある。技術に驚いたのは豊胸だった。私は胸に、シリコンや硬い異物を埋め込むものだと思っていたが、今は15分間ヒアルロン酸を注入するだけで5年~10年は持続すると書かれているではないか。針の一瞬の痛みに耐えれば10年・・・。「悩む時間は無駄だ」と正面を切って言われている気分になる。被写体の女性は自然そのもので、偽物と見破ることは難しい。
 
すごい…。
なんて簡単なのだろう。しかも、ぷるぷるして肌艶まで出ている。触りたすぎる。待合室でドキドキしている私は少しおかしいのかもしれない。女子同士でこういう話はほぼ出ず、タブーの空気さえある。実際、そこまで興味はないのだろう。私は自分以外の女の人はいったい何を考えているのだろうかとよく思う。左の男性がこちらを覗かないか冷や冷やした。いっそのこと「これ凄くないですか?!」と見せつけてしまおうかとも考えたが、本当におかしい人と思われそうなので脳内で騒ぎを鎮める。
 
もうひとつ驚いたメニューは、クイック二重瞼だ。30分で二重瞼になり、日帰りで終わる手軽さを主張している。人生が大きく変わる瞬間なのに、ダッシュで済ませてしまう矛盾は笑わせにきているとしか思えない。しかし、仕事が忙しい人にとっては腫れずに、バレずにできるところが魅力的なのだろう。気晴らしに銭湯やマッサージに行くようなノリでプチ整形ができるようだ。運命を呪う時代は完全に終わり、自らが第二の神になる時代が到来している。
 

パーツが足りなければ注入する。
誇張しているものは削る。
刻まれた模様はレーザーで消す。
ときどきの、メンテナンス。

個体差が大きくても、少しの手直しで『完璧』な形状を持った、年を取らないサイボーグが量産されていく。
人間はこんなに単純な作りだったのだ、という少なからずがっかりした気持ちは、読んでいてずっと渦巻いていた。
あまりにも華やかなBefore→After!を眺めていると、瞼にしわを一本入れたり、少し何かを注入したりすることは整形だ、と声に出してしまうのはかなり心が狭い考え方だった、という妙な教訓も得た。
 
 
ここに訪れる前、大学生とみられる2人組が電車で話していたことを思い出す。
 
「〇〇さん、整形したらしいよ~。」
「うそーーーー!私ほぼ会ったことないけどあの人そうなんだ。」
「ねえ、私が整形したら友達やめる?」
「えーやめる(真顔)」

 
辛辣である。
仮にコンプレックスがなくなって生きやすくなったとしても、事実を話してしまうと、どうやら受けが悪くなるらしい。
「〇〇さん、アップデートしたらしいよ~。」
くらいの余裕を見せて欲しい。このように言えば、ポジティブなだけでなく、謎の未来人を褒め称えている雰囲気すら出る。
私はお金を貯めたらやってしまうかもしれないな、とぼんやり考えた。
自分のありのままを好きになるって難しすぎる。

 
見えないプロテーゼや、まつ毛の輪郭を見破ろうと必死になっているうちに、気づいたら自分がそのパーツになっているかもしれない。


理想的な世界は手をこまねいていて、現実のハードルは下がりまくっている。
踏み出すのは、ほんの少しのきっかけなのだろう。

 
今月メンテナンス行かなきゃ…





髪の。