「自然の芸術的形態」
1899年から1904年にかけて出版された10冊組みの本「自然の芸術的形態」 (原題:Kunstformen der Natur) は、ドイツ人の生物学者エルンスト・ヘッケル (Ernst Haeckel) に著された博物学図譜です。
若い頃、医学や比較解剖学の教授でもあったヘッケル博士は、主に生物の発生と進化に関心を寄せていました。
生物の進化やその枝分かれを樹木に見立てて描いた「系統樹」と呼ばれる図を最初に構想したヘッケル博士は「エコロジー」や「門」など、現代の生物学において重要な用語を提唱しました。
「自然の驚くべき多様性の底には統一した理法が貫いています。自然は幾何学的な対称性と秩序を内在しているのです」
19世紀の西洋文化と精神の流れを受け継いだヘッケル博士は、自然の多様な現象を論理的に分析して、機械の仕組みのように研究するかたわら、ロマン主義者の意欲で自然と内世界の神秘を追求しました。そのため、彼は自身の理論を証明するために生物の実際の姿をデフォルメして、自己流に解釈したとの批評もあります。
19世紀末、微小生物を撮影する技術はまだ乏しかったので、ヘッケル博士のように絵画技術を持ち合わせた科学者は重宝されました。
本書に収録された全100枚の素晴らしい挿絵は、版画家アドルフ・ギルチ (Adolf Giltsch) がヘッケルのスケッチや水彩画に基づいて1000枚を超える版を作成したあと、もっとも優れたものを選りすぐった結果です。
自然の形態がいかに芸術的な表現とつながるかを暗示したこの本は、20世紀初頭の芸術・建築・デザインに大いな影響を与え、特にアール・ヌヴォーという芸術運動の思想に貢献しました。
上図中央のクラゲは、ヘッケル博士が妻アンナ・セーテと死別した数年後に発見されたので、彼女の名前にちなんで「デスモネマ・アンナセーテ・ヘッケル」と名付けられました。「このクラゲの華麗に流れる触手は、彼女の長い髪を思わせる」と彼が言ったそうです。
以下のリンクで、この本「自然の芸術的形態」の挿絵を全て観覧できます。
また、僕の過去の記事で、対称性と幾何学について少々触れたものがあります。