考え方の違い。 | ひまわりの種。

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日々の思ったことや出来事、
2009年5月に誕生したマル(仮名)201012月に誕生したマツ(仮名)の成長記録、
趣味であるスポーツ観戦ネタを綴るブログ。

…ちょっと今回は暗い内容になってしまうかもしれません。
アメンバーさん記事にしようか悩んだとこがありますが
普通の記事として残すことにしました。




まだ皆さんの記憶に新しいと思う大阪の幼児虐待事件。

先日行った美容院は西区の堀江地区に位置しており、気になってました。

事件現場が近くだったのではないか?と。


ニュースで献花台がある、日々沢山の人が花やお菓子、飲み物を供えていると見ていて
私自身興味本位とかではなく母親としての立場として手をあわせに行きたいと考えてました。



しかし急遽旦那も一緒に美容院に行くことになったので、やんわりと
「近くだと思うから行ってみたい」
と言うと
「何しに?」


まぁそういう返事が来るのはわかってました。

何しに?と言われると手をあわせるとしか言いようがなかったんだけど、旦那は言葉少なめに


「…ちょっと嫌かも」


と。
多くは語りませんでしたが旦那が言いたかった事は多少なりわかる。

しかし亡くなった子供が同じくらいの年齢だったこと。


母親のしたことは決して許されるものではないけれど
もしかしたら明日自分自身がそんな母親になってしまうかもしれない。



旦那はあの事件以来虐待事件に敏感になっている。

私がイライラしていると間に入ってきたり、すぐ義母を呼ぼうとする。



ありがたい話なんだけどさ。

気にかけてもらえてるという面では。

ただ反対に考えると私は虐待をしてしまうかもしれない母親だと思われてるということ。



はじめ頃はそれがストレスの原因でした。

マツがお腹にいて、マルもまだ手がかかり。
それでもマルは夜泣きもほとんどなくよく寝るしよく食べる(食べすぎという件はスルー)、病気もあまりせず比較的育てやすい子ですが、マツが同じような子になる保証なんてあるわけもなく。



動き回り昼間おとなしくしていないマルさんに手のかかるマツさんだったらどうしよう…なんて今からブルーになってみたり。


もう今となっては、どうしようとか不安とか言ってる場合じゃなくて、なんとかするしか道はないのだが…


けどこんなタイミングで起きた今回の事件、私にとってかなり衝撃的だったわけです。

そうならないように…と思ってしまうと逆効果。


きれいごと並べたって自分がそうならない保証なんてないしね。
私は他人事じゃないな、明日は我が身と思ってます。
けど出来るだけ今のマルと向き合いテキトーかーちゃんを受け入れてもらいたいと思ってます。



そんなワタクシ、まだのんびりと義実家でお世話になってまして。
今日は昼間旦那は勉強があるから義両親+マルでお出かけしてきました。

あぁ、近くにお互い(どちらか)の両親がいたらどんなに楽だろうか…
(うちはかなり協力的なので)


考えれば考えるほど。
表現する言葉が難しくなり文章力のない私だとまとまりのないものになるので、
そろそろやめておこう。



逮捕された母親だってはじめから虐待するために二人の子供産んだわけじゃないのにね。

被害者はもちろん、加害者も本当にかわいそうな事件になってしまった、そんな気がします。



追伸。
美容院でもふとしたことでその事件の話になりました。

やはり結構近くだったみたいです。

献花台の上のものはすぐいっぱいになるとか子供連れの人が多いとか。


それだけ皆さんがいろいろ考え、行動に現した事件だったんだなと感じました…