幼少期から、割と運動神経は良い方で

休み時間すら大縄跳びやドッジボール

していました。私。

 

冬の手前まで、半袖・ブルマーで。

ブルマー…疑いもせず着用してたな。

 

悲しいかな

「どれもだいたい平均点以上取れるが

どれも絶対にNo.1にはなれない」

という人間なので、

 

例えば長距離走。

 

小学校時代のマラソン大会では、

同学年女子の中で最高位14位。

 

中学校時代の長距離走の授業では、

学年1位だけど、学校内で1位になれず。

 

高校時代のマラソン大会では

13クラス中、4位。

 

そんな感じ、だいたい、なんでも。

 

部活動も、県大会は優勝したけれど、

全国大会では1回戦で負ける感じだし

どれもトップにはなれないんですねぇ。

 

しかしながら人並み以上には運動できた

ので「体育が嫌い」という人の気持ちが

全く、全く、理解できていませんでした。

 

1時間、椅子に座ってじっと勉強するより

数倍楽しいじゃん!時間もすぐ経つし!

みたいに、思っていたんです。

 

なんなら、

「運動できるけど勉強が苦手という人が

評価される場所も必要だ!」

くらいに思っていたんですよ。

 

ただ、社会人になり、仲の良い大先輩が

運動が苦手だと話していて

「体育が本当に嫌だった。

特にドッジボールが大嫌いで、

本当に授業のたびに逃げたかった」

と言いながら、ちょっと涙目になってて

 

これは、相当にしんどかったんだろうな

私はこういう人がいることを知らずに

「体育最高!」とか言っちゃってたな、

とちょっぴり反省したんですよ。

 

それから十数年…

こんな記事を見つけまして。

 

(導入部が長すぎる問題…)

 

ヒャダインさんが、体育教師向けの

雑誌に寄稿したエッセイ。

結構出回っているので、ご覧になった方

いるのではないでしょうか。

↓↓

 

 

考えさせられる。再び、反省する。

 

自分は、自分として生まれて

持って生まれた特性に加えて

生活環境や身に降りかかる事象を

受けて頭でっかちになっていき

自分として生涯を終えるわけなので…

 

偏った思考・価値観になることだって

容易に想像はできますが、でもそれは

時に人を傷つけるかもしれませんね。

 

価値観は違えど、「こう思う人がいる」

「自分の思考は少数派かもしれない」

を頭の片隅に入れておくだけで…

言葉の選び方や、行動が変わってくる

ときもあるんだろうなぁと。

 

ヒャダインさんのエッセイ、ぜひ。

ご一読いただけたらと思います。

 

いろいろいけないこともしてきたけど

良い大人に、なりたいなぁ。