里芋の煮物

 

今朝、「過去は変えられる」ということに関するブログを書きまして・・・

 

 

昨日、ふと「里芋」が入った煮物を食べながら、思い出したエピソードがひとつ。

 

私がまだ22~23歳くらいのときだったと思います。

 

当時、私は妹と2人暮らしをしていて、そして摂食障害(過食嘔吐)真っ只中でした。

 

 

※このあと、あまりキレイな話ではないので、嫌だという方はここまでで離脱してください!

 

 

とにかく過食嘔吐の症状と鬱症状が酷くて、限界に達していました。

仕事だけは毎日休まず(そして成績も良かった!頑張ってた!)行きましたが、

すぐに「消えたい」「車が突っ込んできて轢いてほしい」「電柱が倒れてこないかな」なんて、

乱暴な思考になっていた時代でした。

 

ある日仕事から帰宅すると、実家から遠路はるばる、東京の我が家に来てくれていた母が、

里芋の煮っころがしを、鍋にたくさん作り置きしてくれていました。

 

農家の友だちからもらったという里芋を調理した母は、私の帰宅を待たずに帰宅していて、

家には誰もいなかったんです。

 

お腹が空いていた私は、それを少し食べようと思い、温め、お皿に盛り、

一口、二口・・・と食べ始めたのですが、そこで過食のスイッチが入ってしまい・・・

 

結局、鍋いっぱいの里芋の煮っころがしを、

ほとんど(妹のぶんはかろうじて残したのだったと思います)平らげました。

 

「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだ・・・」

「やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい・・・」

 

そう思いながらも、食べるのをまるきり止められなかった私。

里芋の煮っころがしを泣きながら食べ続ける恐ろしい光景。

 

食べ終えた私は、もう発狂寸前でした。

 

そして、当時ネットで見つけ、相談するか迷っていた「過食嘔吐相談センター(仮)」の

無料電話相談に、思い切って電話したんです。

(正確なセンター名は忘れてしまいました)

 

そうしたら、電話口に出た男性(代表の先生)が、

「里芋は、炭水化物が多いのできっと心配だと思いますが、栄養価もすごく高いし、

菓子パンなんかを食べるより何倍もいいんです。気にしなくて大丈夫。

足りない栄養をしっかりと摂取したのだから、大丈夫です」

というようなことを、穏やかな口調でアドバイスしてくれました。

(アドバイスはなかなか的確)

 

その後、私は、その団体が実施している7回ほどの無料相談を終え、

そして、次からは集会(セミナー?)があって、参加資格があると説明をうけました。

参加料は16万円だと言われて、迷いつつも私は現金を用意。

 

結果的にギリギリのところで母親に止められて16万円を支払わずに済んだのですが・・・

 

直後、その団体は脱税か何かで検挙され、調査の結果、集会では参加者がみな裸にされ、

カウンセリングなのか?祈祷なのか?瞑想なのか?そんなものを受けさせられていたということが、

判明したのでした。

 

離婚してから過食嘔吐が止まっている今の私が思うのは、

「里芋の煮っころがしをたくさん食べて、パニックになりながら泣いて相談するって、ちょっとおもしろい」

ということです。

 

これは、まさに今、同じような症状で苦しんでいる方を笑うような話では全くなくて、

15年ほどの過食嘔吐を経験して、もがき苦しんで、治るためなら何でも実践して、

ようやくここ1年半ほど、過食嘔吐しなくて済むところまで来た・・・

そんな私だから、言えることなんです。

 

私、本当に苦しんでて、藁にも縋る思いだったよね。頑張ってたよね。

でも、治った(であろう)今だから、こうやってクスッと笑えるし、彼にも友だちにも言える。

 

過食嘔吐に苦しんだ過去があって良かったかなって思える今の自分は、

ちょっと好きだなって、そんな風に思います。

 

過食嘔吐していた事実は変えられないけど、

死ぬほど苦しんでいた過去も、今は自分の力に変わっている、

これが「過去は変えられる」ということかな、と思いました。