浜村淳を知ったのは1982年。親父に買ってもらったソニーのシンセサイザーラジオで深夜に、ラジオ大阪の「サタデー・バチョン」という番組を、たまたま聞いた時が初めて。
 ちょうど、映画紹介のコーナーでクリント・イーストウッドの「ファイヤー・フォックス」だった。これに味をしめて毎週聞いていたんだけど、この番組も1991年に終わってしまい、暫く浜村淳を聴く機会は無かった。
 2010年代からスマホのラジコで全国の放送が聴けるようになったので、「ありがとう浜村淳」を聴き始めたから通算25年は聴いていたから、終了は残念でならない。
 浜村さんは晩年、言い間違えも多く、指摘されても認めず意固地にり、老害と揶揄されたりしたが、これから高齢者なる自分の反面教師になってくれた😁