実は私、
タクシーが乗り物の中で一番嫌いなんです。
特に私一人で乗った時など、
悪いが運転手と会話なんてした事ありません。
話し掛けてきても、無反応は当たり前、
楽しげに会話なんてしたくもありません。
そんな暇あるなら、とっとと走って目的地に着けや。
そんな顔してます。
多分
イヤーな客ですよ。
できるなら二度と乗せたくない。
実はその根源が、あの時なんですね。
母方のおじいちゃんは長年勤めあげた会社を定年退職した翌年、お酒の飲み過ぎが引き金になって
ガンにかかってしまいました。
銚子周辺の病院という病院が匙を投げて
千葉市仁戸名のガンセンターに転院しました。
小学校6年生の時でしたね。
そこで、家族で一番近くにいたのが
当時千葉市(稲毛区)に住んでいた、私達。
ウチを前線基地として、お見舞いに行っていたんですね。
母は長女で一番年上なせいか、特に率先して祖父母にかかってましたから、
私の夏休みの日課は、コインランドリー通いとホカ弁買い出し。(母がそれどころじゃなかったから)
そんな祖父が亡くなった日
事件は起きました。
逝去の報を聞き、とりあえずガンセンターに向かう為
タクシーを拾ったのだが、
このタクシーの運転手のヤツが、今風に言えば
『超MKY』
世間話を呑気に始めるわ、
私にも『体格いいねぇ(笑)何かやってんの?(笑)』と聞いてくる始末…
言葉は濁して微笑しましたが、内心は…
『ワレ、ケンカうっとんのか? お前こそじいちゃんの代わりにあの世送ったろか?』
でしたね。(笑)
子供ながらに、真剣に殺意を抱いた時でした。(笑)
あの時以来、極度のタクシー嫌い。
大阪時代、梅田から当時住んでた
東淀川区井高野まで、
タクシー乗るのイヤで
歩いて帰った事ありますもん。
のんびり歩いて、確か2時間くらいで着いた覚えがあります。
また大阪のタクシーはがめついから
歩いてる私の目の前に車停めて、
ドア開けますから。
だから乗らねえっつうの!(怒)
みたいな。(笑)
今でも、
できる事ならタクシーに乗らずに済ましたい。
は、私の人生訓です。(笑)
まぁ向こうも、できる事なら乗せたくない客だろうけど。(笑)
ホント機嫌が悪いと、
笑顔一つ見せませんから。(汗)
必要最低限の言葉しか発しませんから。
行き先告げて、聞き返そうもんなら
怖いですよ、私。
キャ~。(笑)
では。
タクシーが乗り物の中で一番嫌いなんです。
特に私一人で乗った時など、
悪いが運転手と会話なんてした事ありません。
話し掛けてきても、無反応は当たり前、
楽しげに会話なんてしたくもありません。
そんな暇あるなら、とっとと走って目的地に着けや。
そんな顔してます。
多分
イヤーな客ですよ。
できるなら二度と乗せたくない。
実はその根源が、あの時なんですね。
母方のおじいちゃんは長年勤めあげた会社を定年退職した翌年、お酒の飲み過ぎが引き金になって
ガンにかかってしまいました。
銚子周辺の病院という病院が匙を投げて
千葉市仁戸名のガンセンターに転院しました。
小学校6年生の時でしたね。
そこで、家族で一番近くにいたのが
当時千葉市(稲毛区)に住んでいた、私達。
ウチを前線基地として、お見舞いに行っていたんですね。
母は長女で一番年上なせいか、特に率先して祖父母にかかってましたから、
私の夏休みの日課は、コインランドリー通いとホカ弁買い出し。(母がそれどころじゃなかったから)
そんな祖父が亡くなった日
事件は起きました。
逝去の報を聞き、とりあえずガンセンターに向かう為
タクシーを拾ったのだが、
このタクシーの運転手のヤツが、今風に言えば
『超MKY』
世間話を呑気に始めるわ、
私にも『体格いいねぇ(笑)何かやってんの?(笑)』と聞いてくる始末…
言葉は濁して微笑しましたが、内心は…
『ワレ、ケンカうっとんのか? お前こそじいちゃんの代わりにあの世送ったろか?』
でしたね。(笑)
子供ながらに、真剣に殺意を抱いた時でした。(笑)
あの時以来、極度のタクシー嫌い。
大阪時代、梅田から当時住んでた
東淀川区井高野まで、
タクシー乗るのイヤで
歩いて帰った事ありますもん。
のんびり歩いて、確か2時間くらいで着いた覚えがあります。
また大阪のタクシーはがめついから
歩いてる私の目の前に車停めて、
ドア開けますから。
だから乗らねえっつうの!(怒)
みたいな。(笑)
今でも、
できる事ならタクシーに乗らずに済ましたい。
は、私の人生訓です。(笑)
まぁ向こうも、できる事なら乗せたくない客だろうけど。(笑)
ホント機嫌が悪いと、
笑顔一つ見せませんから。(汗)
必要最低限の言葉しか発しませんから。
行き先告げて、聞き返そうもんなら
怖いですよ、私。
キャ~。(笑)
では。