第三話 カーボンナノチューブ -ナノカーボン研究の発展-

 

 どうも、くしゃみをすると腹筋が攣るサイエンス中野(炭素)です。今回はカーボンナノチューブの発見とその後について書こうと思います。

 カーボンナノチューブは前回の化学小噺( https://s.ameblo.jp/elementcreators/entry-12313947936.html )でお話ししたように、1991年に飯島澄男教授によって発見されました。彼はもともと、結晶について研究していました。ではなぜ、フラーレンの研究を始めたのでしょうか?

 前回の記事でお話しした、フラーレンの研究を爆発的に加速させることとなった学会。彼はその学会に出席していました。クロトーの発表が終わると、彼は日本へ帰るための飛行機を予約し、自分の研究室でフラーレンの実験に取り掛かれるようにしました。

 フラーレンの発見当時から彼はフラーレンに興味を持ち、研究をしていました。フラーレン発見当初はサッカーボール状の構造というのは予測で、証明されていませんでした。彼はその証明に取り組んでいました。しかし、この大量合成法が発見され、直にX線回析法という分析によってC60がサッカーボール状の構造をしていることが証明されました。彼は自分がこの仕事と関わるのは終わりだと思ったそうです。しかし、クロトーは彼に「もう少しこの分野を調べてみろ」と告げます。まだ解明されていない謎も多かったので、彼はフラーレンの研究を続けようと決めました。

 実は彼、フラーレンの発見の5年前に「球状グラファイト」なるものを発見していました。この時の論文に「この分子の構造には12つの五角形が必要」と書いていて、これがフラーレンの構造究明に使えるのではないかと、クロトーが時々彼に声をかけていました。実際、C60フラーレンには12つの正五角形があります。なぜそうなるか気になる方は「オイラーの多面体定理」で調べてみて下さい。クロトーに研究の続行を勧められた後、彼はこの「球状グラファイト」について調べ直しました。「丸い形の分子がガスの中からどういうふうに出来るか」という疑問を解決するためにです。

 彼はフラーレンを作る方法を使ってこの研究をしていました。フラーレンの研究者は皆、フラーレンを大量に作ることが目的でした。でも彼はフラーレンが含まれているすすではなく、燃えさしの電極を見ていました。そして陰極を剥がしてみたら、そこに炭素原子で出来たチューブがありました。これがカーボンナノチューブの発見です。

 細かく言えば、この時は多層カーボンナノチューブで、単層カーボンナノチューブの発見は1993年の事になりますが、詳しくは別の機会にお話するとしましょうか。

 新たな炭素の同素体の発見は世界に知れ渡り、世界中でカーボンナノチューブの研究がされ始めました。カーボンナノチューブ発見の論文はNatureに載り、2014年の時点で約27000回程引用がされています。この大きな数字は今でなお研究が盛んであることを表しています。

 次回は三大ナノカーボンのうちの最後、フラーレン、カーボンナノチューブに次ぐ知る人ぞ知るアレです。乞うご期待!!