肖像画
3:父の孝蔵と母の優里が知り合ったのは、絵美が生まれる3年前である。場所は、今住んでいる神奈川県横浜市からはるか離れた山口県柳井市の山の中。当時の孝蔵は、風景画を専門に描いていて、いろんな土地を旅行していた。気に入った場所があれば、何ヶ月も安いホテルや貸家に住み込んで、じっくりと描くタイプで、何度かアート○賞で特選をもらい、そのお金で、またあちこちに旅をするというスタイルをしていた。広島県の宮島から山口県への国道を走っている間に見える瀬戸内海の波がまるで川のように流れてるさまを見かけて、太平洋の止まったようなゆったりとした流れとは違うと感じ、瀬戸内海の海辺を描くため柳井市にしばらく、根を下ろすことにした。海もいいが山から見下ろす街の風景はどういうふうに見えるだろう?と思い、愛用のジープを走らせ山の中に入っていった。山口県は、日本一道路の整備が良いと言われてるだけあって、そんな山間でもキレイに舗装されていて、快適にドライブが出来た。ところが、急に砂利道のような場所に外れてしまい、戻ろうとしたところ、「おーい」と声が聞こえた。声の場所には、山中にはふさわしくないリクルートスーツ姿の女性が立っていた。そばには、どう見てもパンクしたらしき、ミニバンが止まっている。「どうした?と聞くまでもないがパンクだね?」と孝蔵が言った。「そのとおり。私は免許は持ってるけど、ガソリンをセルフで注ぐぐらいの知識しかないから、今、JAFに電話しようと思ってたところなの。」「ま、女性のほとんどが、免許取るときに習っただけで、実施はないだろうからなぁ」「近頃は男性だって出来る人少ないみたいよ」舌をペロリと出しながら、言った女性は、美人とは言えないが可愛らしさが見える顔をしていた。「じゃあ、JAFに電話をしたらいい。僕は出来ないかもしれないから。」両手をお手上げ状態にした格好を見せながら孝蔵は言い返した。「そんなジープに乗ってて、タイヤ交換が出来ないなんて、よく言ったわねぇ」「JAFだと2時間ぐらいかかるって言われるわよ、こんな山の中だもの」「と・・失礼な言い方ばかりでごめんなさい、お願いします、助けてください」いきなり女性は、うなだれるようにお辞儀をした。「了解」あっさりと孝蔵は承諾をして、30分そこそこで交換を済ませた。「俺は、油野孝蔵」自分が画家であること、出身は神奈川県だが全国に旅行しながら絵を描いていることなどを話した。相手の女性は「田原優里」保険のセールスレディをしていて、今いる場所から少し先の岩国市に住んでいて仕事から帰る途中だという。「変な道選んだなぁ」「この先に小さな工場があって、そこでの契約が決まりそうだったので帰る途中に寄ったわけ」「企業相手の保険かぁ。難しそうなことしてるなぁ」「そうでもないよ。個人保険のほうが大変だと思う。」「まぁ、詳しく聞いても、僕にはわからないから、頑張ってくれというぐらいしか出来ないな」それでお別れになると孝蔵は思っていたが、優里は「お礼にコーヒーでも飲まない?」といい、続けて「ここから20分も走れば、うちだから、ついでにお夕飯も食べたら?」「はぁ?一応、僕は若い男だし、今は善良な顔でタイヤ交換したけど、このあと、狼に変身するかも知れないんだぞ?」「フフフ。大丈夫、そういう人に限って、何もないに決まってるんだから」なんとなく、男のプライドを傷つけられた気になった孝蔵だが、優里の車の後を追うように彼女の家まで行った。そこでは、とても、孝蔵が言った狼になる場面など出来る状態ではなかった。彼女の父母や弟などがいて、田舎特有の素朴な家庭で、孝蔵のことも「タイヤ交換をしてもらった」というだけで、オーバーすぎるようなお礼の数々を並べ、コーヒーはもちろん、優里のお母さんが作ったという田舎料理ですがという謙遜には程遠い料理が並んでいた。18歳の頃に両親を海外旅行先でのトラブルで亡くした孝蔵にとっては、懐かしいおふくろの味という感じが嬉しかった。その身の上話までいつの間にか話していたという、心やすさがとても身にしみた。田原の家を去る時は、すでに20時近くになっていた。さすがに、泊まって行けとまでは言わなかったが、それでも「またいらっしゃい」と優しく微笑んだ優里の母に自分の母を重ね合わせるように感じていた。見送りに出た優里は「狼になれなくて残念ね」と笑いながらいい、それでも、、「明日は、どのあたりで絵を描く予定なの?」と聞いてきたので、海辺の場所を教えておいた。「了解」たぶん、形式的に聞いただけだろう、と思っていたが、明くる日、優里は当然のように弁当を下げてきた。続